記事「歴史」 の 検索結果 41390 件
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砂鉄と銀と神話の道(2017年の旅) その17 寺町を歩くここが善導寺の本堂である。 善導寺はかなり大きなお寺で、敷地内には稲荷舎まであった。 売布神社からここまで歩いた道は緑色で塗られた道である。 地図でも明確なように、この辺りは寺で溢れ..
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台湾紀行その6 元中華民国(台湾)総統李登輝のこと司馬遼太郎の台湾紀行には印象に残る傑物が大勢登場し、台湾紀行の格式をグレードアップさせる役割を演じているが、僕が台湾紀行の中で特に惹かれたのが元中華民国(台湾)総統の李登輝、そしてもう一人は日本の水..
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日本最長10河川の旅で出会った「日本を代表する人物」その4 阿賀野川 NO1「野口英世青春通り」2002年から2011年までの10年の期間をかけて、「日本の最長10河川の源流から河口までの旅」を走破した。 この源流から河口までの旅の中で、「日本の国が誇る傑出した人物」と十数名出会ったが、魅力あふ..
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石狩川への旅 その12 月形町「樺戸集治監」にて厚田村を出てからの行き先は月形町である。 それから新十津川町、更に深川市など、司馬遼太郎が「街道をゆく 北海道の諸道」で書いていた場所を回り、昼過ぎには旭川市に入る予定である。 北海道近代史の想像を絶..
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奈良大和路散歩(2016年の旅) その31 今井町を散策 その2休憩後、今井町の本格的な見学を開始、まず今井まちや館である。 明治以降空家の期間が長く、破損が甚だしい状況になっていた十八世紀初期頃の今井町の商家特有の造りの町屋を復元公開した建物である。 ..
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飛騨街道をゆく(2014年の旅) その26 松倉山頂856.7mに到達飛騨の里から松倉城址跡へ向かった。 司馬遼太郎が飛騨紀行で須田画伯等と共に、山頂から高山の町を見おろしたいという目的のためにこの松倉山へ登っている。 僕もこの山に登って司馬遼太郎が見た風景を追体験..
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近江街道をゆく その1 旅の始まり「近江街道の旅」は、去年の「越前と若狭の旅」の続きである。「越前と若狭の旅」は「越国(こしのくに)」と呼ばれ、ヤマト王権の勢力が十分に及ばない日本海側の地域でありながら、朝鮮半島や大陸からの交通路に..
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津軽街道をゆく(2013年の旅) その38 松前氏の先祖が住んでいた蠣崎に行く脇野沢港に上陸するとまず、蠣崎を目指した。 司馬遼太郎の「北のまほろば」に、蠣崎のことが書いてあった。 北海道における唯一の藩である松前藩の松前氏が、もとはここ(蠣崎)に居て、蠣崎と称したり、武田..
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秋田県散歩(2015年の旅)その32 思い出の潟分校で思い出にふけるここまで来ると、今日の最初の目的地である田沢湖はすぐそこである。 ここから20分程かけて田沢湖に到着した。 <img src="https://stat.ameba.jp/u..
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能登(日本道)への道 その15 渡月庵など和倉温泉を散策総湯の足湯でリラックスしてから、加賀屋の近くにある湯本の広場に向かった。 広場には開湯の伝説にちなんだシラサギのブロンズ像と記念碑があり、ブロンズ像の真ん中にある涌浦乃湯壺湯では、流..
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台湾紀行 プロローグ 宝覚寺(k)
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砂鉄と銀と神話の道(2017年の旅) その16 寺町まで売布神社から寺町へ向かって歩いていく。 その途中で、正月用の葉牡丹の苗を植えているお年寄りの作業に出会った。 葉牡丹はアブラナ科アブラナ属の多年草で、園芸植物として鮮やかな葉を鑑賞するもので..