記事「歴史」 の 検索結果 41413 件
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能登(日本道)への道 その3 山の寺寺院群のさわり部分を散策小丸山公園を出て、七尾の街をどう歩こうか思案していたが、初日はいつもの履き慣れた靴の代わりに、主に肉体労働をする人たちのための商品を扱っている店から安くて丈夫な靴を使って歩いていたが、どうもこの日は..
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東京散歩Ⅱ その3 谷中墓地で「最後の将軍-徳川慶喜」に会うこの徳川慶喜の墓が谷中墓地にあり、寛永寺から10分ほどの距離だという。 谷中墓地に入ってから、その辺りにいた元気のいい半ズボンのおばあちゃんに案内されながら歩き、この案内矢印の場..
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近江街道をゆく その21 鉄砲の里国友を歩く寝物語の里から40分ほどかけて、長浜市南部の姉川沿いにある鉄砲の里で有名な国友町に入り、そこの資料館前に車を留めた。 国友鉄砲の里資料館は滋賀県長浜市にある博物館で、戦国時代から江戸..
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能登(日本道)への道 その2 前田利家の小丸山城散策今日は七尾まで到着することを最優先していたので、午後からの日程はかなりいい加減で、出発前日に前田利家関連の資料をネットから引き出し、「前田利家と七尾」というテーマで前田利家ゆかりの旧跡を訪ねるこ..
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東京散歩Ⅱ その2 東叡山寛永寺にて子規庵から歩いて10分ほどで寛永寺通用門に到着した。 この門から現在の寛永寺に入った。 寛永寺は1625年に慈眼大師天海大僧正によって創建された。 徳川家康、秀忠、家光公..
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近江街道をゆく その20 寝物語の里にてビジネスホテルウェルネスから中山道を岐阜県境の方向に1時間ほど走ると、滋賀県と岐阜県の間に長久寺という集落がある。 上地図の黄矢印の地点に寝物語の里があるというので、東海道本線の踏切..
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東京散歩Ⅱ その1 鴬谷駅から始まる旅「東京散歩Ⅱ」は真夏の旅立ったが、東京はまだ梅雨が明けてなくて、この日も曇り時々雨のはっきりしない天気だった。 新潟を早朝に出ると東京までは2時間程なので、午前8時42分には上野に到着した。..
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能登(日本道)への道 その1 七尾まで「能登(日本道)への道」は2017年5月16日から始まった。 この頃の旅は日本の国の中では一部の地域を除いてほぼ好転に恵まれるので、安心して旅に出れるが、1週間予報で雨の日が無くても、一応の..
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近江街道をゆく その19 長浜のビジネスホテルウェルネスに宿泊今日の日程は終了し、これから湖西から湖北までの琵琶湖畔をほぼ半周し、今夜宿泊する長浜のビジネスホテルウェルネスまでレンタカーで走っていく。 黄枠で囲った田中王塚古墳から黄星印のホテルウェ..
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東京散歩Ⅱ プロローグ2014年(平成26年)に済州島を旅したが、その後東京の本郷界隈を1日散策した。 田舎都市の新潟に住んでいるので、東大という日本の最高峰の大学のあるあたりを散策し、本郷界隈で暮らした..
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能登(日本道)への道 プロローグ2017年春5月に旅した「能登(日本道)への道」は2015年に旅した「越前と若狭の旅」に続く旅である。 この旅の途中で石川県を通過したが、能登へは行かずじまいであった。 まだ日本でなかっ..
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大阪散歩 その23 堺市の古墳散策を終える次に、倭の五王の中の済に比定されている允恭天皇陵に向かった。 允恭天皇は仁徳天皇の第四皇子で履中・反正天皇の弟にあたるが、反正天皇が跡継ぎを決めないうちに亡くなったため、臣下の要請で..