記事「浅草」 の 検索結果 4607 件
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【西条昇の軽演劇コレクション】浅草・万成座でのグランテッカール(吉本興業)のパンフレット昭和10年11月に浅草に東京花月劇場を開場させるまで、吉本興業が同様にレヴューあり喜劇あり漫才・演芸ありのバラエティー豊かなプログラムを組んでいたのが浅草・万成座であった。 もともと万盛庵という蕎麦..
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【西条昇の軽演劇コレクション】京都・南座での籠寅演藝部の「時局まんざい大会」のチラシ戦前・戦後に初代と二代目の大江美智子や不二洋子を擁し、「女剣劇」というジャンルを武器に興行の世界に旋風を起こした籠寅興行部は、演芸のジャンルにも積極的に進出を計ろうとしていたフシがある。 廣澤虎造の..
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【西条昇の軽演劇コレクション】名古屋劇場、京都花月劇場の戦前の吉本興業のパンフレット戦前の吉本興業がすでに全国的な劇場展開をしていたことは前回にも書いたが、僕の手元にある名古屋劇場と京都花月劇場のパンフレットを見て、改めて豊富な陣容と多彩な番組作りに驚かされた。 売り出し中のあきれ..
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【西条昇の軽演劇コレクション】浅草・東京花月劇場(吉本ショウ)のパンフレット前回に触れた「あきれたぼういず」は浅草の東京花月劇場(のちに浅草花月劇場の表記に)の「吉本ショウ」に出演していたメンバー四人によって昭和12年に結成され、たちまち東京中の人気をさらった。 東京花月劇..
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【西条昇の軽演劇コレクション】京都・松竹劇場、南座、大阪・浪花座での新興キネマ演藝部公演のパンフレット昭和14年3月から4月にかけて、日本の演芸史・喜劇史・芸能史に残る大事件が起こった。 松竹の傍系の映画会社であった新興キネマが、新たに演芸部を立ち上げ、専属タレントとして、演芸会社トップの吉本興業か..
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【西条昇の軽演劇コレクション】浅草・常盤座と新宿第一劇場の「笑の王国」のパンフレットカジノフオーリー以来、浅草のレヴューにおいて一人勝ち状態にあったエノケンの前に強力なライバルとして立ちはだかってきたのが古川緑波(ロッパ)であった。 そのロッパが台頭するキッカケとなったのが、昭和8..
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【西条昇の軽演劇コレクション】浅草・玉木座、プペダンサント(エノケン出演)のパンフレット昭和5年10月に旗揚げ僅か二ヶ月で新カジノフオーリーを解散に追い込まれたエノケン(榎本健一)は、同年11月1日に浅草・玉木座で旗揚げした「プペダンサント」に参加する。 ここでのエノケンはジャズ歌手の..
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【西条昇の軽演劇コレクション】神戸新開地・相生座の新カジノフオーリーのパンフレット浅草の観音劇場でエノケンらが昭和5年8月に旗揚げした新カジノフオーリーは僅か二ヶ月しか保たずに、エノケンは同年11月には玉木座のプペダンサントに迎えられた…と、前回ここに書いた。 僕の手元にある観音..
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【西条昇の軽演劇コレクション】浅草・観音劇場での新カジノフオーリー(エノケン出演)のパンフレット劇団経営者サイドとのトラブルから第二次カジノフオーリーを飛び出したエノケンらは、浅草・観音劇場で新カジノフオーリーを旗揚げする。 レビュー・ガールズのスターで川端康成も贔屓にした梅園龍子は第二次カジ..
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【西条昇の軽演劇コレクション】浅草・カジノフオーリーのパンフレット日本の喜劇史を語るうえで最大のエポックと言えるのがエノケンこと榎本健一の登場→台頭であることに異論のある者はいないだろう。 そのエノケン台頭のキッカケとなったのが昭和4年7月に浅草・水族館の二階演芸..
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【西条昇の軽演劇コレクション】広島・廣榮座のパンフレット前回に触れたストリップショウの地方回りのコースにも一流と二流以下の格差があったようで、手元にパンフレットのある広島の廣榮座などは一流とされるチームしか乗ることができなかったと言われている。 もともと..
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【西条昇の軽演劇コレクション】香川・日新座と岡山・銀映でのサーパーズショウのパンフ&チラシストリップ劇場出身のコメディアンは、浅草のフランス座・ロック座や新宿セントラルや有楽町の日劇ミュージックホールなどを中心に活躍した人と、地方=ドサの劇場を中心に回っていた人とに分けることができる。 ..