記事「海」 の 検索結果 18009 件
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津波、沖に走った“大地震が起きたら沖に走れ”、津波から船を守る、たったひとつの道だと古くから言い伝えられてきた。大震災でも漁船などが沖に向かって一斉に走った。そして船を守って生還した人も相当いた。が、津波を..
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観音像に託した釜石の気持ち三陸はかつてチリ地震津波で3000人を超える犠牲者をだした。その被害の中心地が釜石だった。その教訓から、釜石港口には海底50mから立ち上げた、ダムの堰堤のような防波堤が築かれた。もうひと..
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日本酒とワイン航海の途次、立ち寄る港に造り酒屋があればそこの酒を一本求めるのが楽しみである。以前、丹後半島に江戸時代から続く酒造屋を尋ね、紹介したところ、港に立ち寄るヨットが次々に酒を求めてくれている..
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淋しい町漁業が減退を続けているから、仕方ない面もあるが、尋ねる毎に港の町が寂れ続けているのを見てきた。この旅でも、以前よりも船が増えていたり、町に活気が戻ってきた港には出会えない。そんななか、北..
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港のトイレの話かつて、漁港のトイレは汚かった。水洗トイレも多くなく、落下式(肥だめ式)も当たり前だったし、掃除も行き届かず、つまり汚かった。まして、トイレにペーパーが備えられているなどは稀だった。そのころ..
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ホテル?住まい7月14日(日)、小樽・高島漁港に入った。江差から4日間、ホッピングを繰り返して小樽まで。小樽の漁港は評判が悪いが、日曜日に入港し、文句を言われない奥まった位置につけることができてホッとした..
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津軽海峡壊れた排水ポンプの交換品を待つ間に、好天を使い果たして鰺ヶ沢(青森県)で3日間、日和り待ちを強いられた。その3日目の夕刻、突然、重苦しい雨雲が舞い上がり、青空が久々に顔を見せた。写真ははじめ..
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各駅停車佐渡を離れて、ちょうど1週間、青森県鰺ヶ沢に着いた。 この間、1日の航程が短くなり、加茂から酒田などは2時間少々の距離だった。 年齢も考えて、極力1日の航海時間を少なめにする気持ちも..
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日本海日和り6月24日、新潟沖に浮かぶ粟島は、夜明けとともに雲一つない空が広がり、毎日つきまとっていた靄も薄れている。暑くなりそうな強い日差しの朝だったが、海上では北寄りの風に変わって、日陰では冷涼な風..
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一時、都会に帰る佐渡・両津港に船を置き、フェリー経由新潟から新幹線で1週間、横浜に戻っていた。所用を片付け、ばたばた過ごして、また、フェリー客になる。島をひとりでめぐるとき孤独を感じることはあまりないが..
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49年目のヨット入港?竹野時系列がちょっと逆になるが、山陰から離れる前に、兵庫県・但馬の竹野に一泊寄港した。その先はすぐ丹後半島になって、経ヶ岬を越えると若狹になる。山陰最後の港に、ヨットが立ち寄ることのない竹野とい..
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小浜その1 観光ねだん6月3日、若狭の小浜に立ち寄った。旅を続けながら言うのもおかしいが、私は観光はあまり好きでない。港の一番沖側の船溜まり、すぐ近くに魚卸売市場があり、道路の向かい側には、フィッシャーマンズワー..