記事「神奈川」 の 検索結果 12040 件
-
北条時房邸跡鎌倉の若宮大路から小池小路を少し入ったところに石塔が建てられてます。北条時房は、北条政子・北条義時の異母弟で、鎌倉幕府初代連署。また此処は元々は、摂津守小池民部太夫藤原久時の屋敷だった処だそうです。
-
ウチキパン横浜の元町通りに並行して通る元町仲通りの入り口にあるパン屋さん。開港当初、イギリス人のパン職人の店で修行をしていた打木彦太郎が、暖簾を引き継いで始めたお店で、ここで日本の食パンの始まったそうです。
-
日本国新聞発祥の地アメリカから帰国したジョセフ彦は、文久4年(1864年)に横浜で初めて手書きの新聞を創刊し、定期的に刊行するようになったとのこと。「海外新聞」という名の外国新聞の翻訳を用いた新聞だったそうです。
-
我国西洋歯科医学発祥の地歯科医師として横浜に来日した米国人のウィリアムス・イーストレーキ師が、3度目に来日して明治44年(1911年)に診療所を開設したとのことです。この「我国西洋歯科医学発祥の地」の碑は、以前には横浜中華街..
-
からさわ古窯跡群神奈川県足柄上郡松田町の最明寺史跡公園内にある、奈良時代に屋根瓦を焼いた古窯跡群。昭和の東名高速道路の工事の際に発見されましたが、ここの窯で焼かれた瓦と同じ瓦が小田原市の廃寺で発見されているそうです。..
-
四谷不動藤沢市城南の東海道と大山道の分岐点に建てられていた道標。この辺りは四ツ谷辻と呼ばれていて、東海道と大山道の交差する場所として立場があり、茶屋が立ち並び賑わっていたとのことです。
-
牡丹餅立場跡茅ヶ崎市松林、国道1号線の菱沼歩道橋近くに案内板が建てられています。立場は、宿場と宿場の間に設けられた旅人などが休んだりする施設のことで、「牡丹餅立場」は牡丹餅が名物なのでそのように呼ばれてたとのこと..
-
鶴嶺八幡宮茅ヶ崎市浜之郷に鎮座する神社で、別名は鶴嶺八幡社。源頼義が下総の乱鎮定の折り、京都にある石清水八幡宮を懐島八幡宮として勧請したのが始まりで、後に源氏が現在の場所に分祀したとのことです。
-
弁慶塚建久9年(1198年)、相模川に架かる橋の落成供養に参列した源頼朝は、その帰途、義経・行家らの亡霊のため、乗馬が暴れて落馬して、翌正治元年1月に死去したとのこと。後年里人たちが、義経一族の霊を慰めるた..
-
馬入橋平塚市の相模川に架かる「日本百名橋」などに選定されている道路橋。鎌倉時代、源頼朝が旧相模川に架けられた橋の落成式に出席後に落馬し、翌月に亡くなったことが、「馬入」の名称の由来になっているとのことです。..
-
平塚商業発祥地(八幡大門通り・浜大門通り)八幡大門通りは八幡神社(現平塚八幡宮)の表参道で、神社から東海道までの区間。明治20年(1887年)平塚停車場(現平塚駅)開業以来、最初は浜大門通りが繁昌し、次いで八幡大門通りに中心が移ったとのことで..
-
江戸城井戸枠(平塚)平塚市の平塚市民センターの中庭に置かれてある江戸城の井戸枠。この江戸城井戸枠は、垣石とともに、昭和32年(1957年)、平塚市の市制施行25周年記念に、東京都より寄贈されたものです。