記事「神奈川」 の 検索結果 12132 件
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日向薬師伊勢原市日向にある、現在は高野山真言宗派に属するお寺。かつては、 日向山霊山寺と称し、子院13坊を擁する大寺院で、源頼朝が娘の大姫 の病平癒祈願のために、自ら参詣したこともあるとのことです。
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真鶴港真鶴半島にある港で、漁港として石材積出港として、また遊覧船の発着所 として利用されています。直ぐ近くには貴船神社や、源頼朝一行が潜んだ とされる鵐窟もあります。
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品川台場礎石之碑品川台場は幕末期に、幕府が海防のため品川沖に作った様式の海上砲台。 その品川台場の建設には真鶴の石も使われたとのことですが、品川台場が 埋め立てられ消滅するときに礎石がここに戻されてきたそうです。..
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鵐窟(真鶴)治承4年(1180年)8月、源頼朝は石橋山で大敗し戦場から辛うじて脱出。 真鶴半島から安房へ逃れようとしたときに身を隠したのがこの窟とのこと。 頼朝が窟に入ろうとした時、しとど(鵐)が舞出たことか..
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貴船神社(真鶴)足柄下郡真鶴町に鎮座する、大国主神、事代主神、少彦名神、をご祭神と する神社。現在は貴船神社という社名ですが、明治以前は、貴宮大明神と 呼ばれ、京都の貴船神社を勧請したものではないとのことです。
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足柄ふれあいの村南足柄市にある、ふれあい教育を実施している施設。家族、学校、各種団体 等、誰でも安価で利用でき、キャンプ、ウォーキング、明神ヶ岳のハイキング などが楽しめます。
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石橋山治承4年(1180年)、伊豆の韮山で挙兵した源頼朝軍は石橋山で追討 軍の大庭景親、伊東祐親軍に包囲され合戦となりました。多勢に無勢の 頼朝軍は壊滅し、頼朝は真鶴岬から安房へと逃亡しました。
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正眼寺箱根湯本にある正眼寺は曽我兄弟に所縁のあるお寺で、兄弟は、この 正眼寺で祈願をしてから仇討に向かったと伝わっています。境内には、 曽我兄弟供養塔、曽我堂、曽我五郎鏃突石などがあります。
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五郎沓石曽我兄弟の弟の方の曽我五郎が足を患いましたが、無事に治り、試しに この石の上で踏ん張ったところ、石が足形に凹んでしまったと伝わってい ます。足を患った人々の信仰を集めているそうです。
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宗我神社小田原市の曽我梅林近くに鎮座する神社で、長元元年(1028年)に宗我 播磨守保慶が建立したのが始まりと伝わっています。曾我郷六ヶ村の鎮守 を明治時代に合祀し、曽我の総鎮守となっています。
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城前寺小田原市曽我にある浄土宗のお寺で、曽我兄弟の菩提寺。曽我兄弟の 育った曽我城の大手前にあったので、寺号が城前寺とのことです。境内 には、曽我兄弟の墓他、養父曽我祐信、実母満江御前の墓もあります。
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曽我兄弟像(城前寺)曽我兄弟は日本三大仇討の一つである曽我物語の主役。兄弟の父親で ある河津祐泰が殺されたのち、母親である満江御前が曽我祐信と再婚し、 兄弟は曽我の地で育つことになlりました。