記事「秋田」 の 検索結果 6997 件
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大湯環状列石秋田県鹿角市十和田大湯にある縄文時代後期の大型の配石遺跡。東西に野中堂と万座の二か所の環状列石があり、環状に石が配置されていることから、ストーンサークルとも呼ばれています。令和3年(2021年)7月2..
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角館武家屋敷秋田県仙北市の「みちのくの小京都」とも呼ばれている観光地で、現在も藩政時代の地割が踏襲され、武家屋敷等の建造物が数多く残されています。 また、桜の名所として知られていて、毎年多くの観光客でにぎわってい..
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辰子像昔から田沢湖に伝わる伝説、田沢湖畔に暮らしていた類稀な美しい娘の辰子が永遠の若さと美を願い、観音の教え通りに泉の水を飲んだところ、龍に化身したという伝説。この伝説をもとにしたのが、舟越保武作のこの像で..
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青柳家「みちのくの小京都」とも呼ばれる角館に数多く残る武家屋敷の中の一つ。 主屋は寄棟萱葺き屋根の鍵屋、座敷は現存する角館の武家屋敷の中で最も豪華で、また、角館の歴史にまつわる数々の貴重な品々も収蔵されてい..
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小田野直武像小田野直武は秋田藩士で秋田蘭画と呼ばれる一派を形成した画家。 平賀源内から洋画を学び、前野良沢・杉田玄白らによる「解体新書」の 翻訳にあたっては大量の図版を写し取り、描いたことで知られています。角館の..
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御隅櫓(久保田城)久保田城内には8つの御隅櫓がありましたが、この御隅櫓は市政100周年を記念して復元されたもので、本丸の北西隅に位置していた御隅櫓です。 建物の内部では、城主佐竹氏の歴史を解説したパネルが展示されていま..
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佐竹義堯像佐竹義堯は第12代秋田藩主で、版籍奉還後には久保田藩知事となった人物。 戊辰戦争では新政府方に属して戦い、明治維新の激動期に近代秋田を開きました。千秋公園、久保田城の本丸跡に銅像が建てられています。
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八幡秋田神社秋田市の千秋公園、久保田城本丸跡に鎮座する神社。初代藩主である 佐竹義宣公始め、歴代の藩主を祀る秋田県の有形重要文化財でしたが、 平成17年(2005年)に放火により社殿を焼失、新しい社殿が平成20年..
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久保田城表門(一の門)久保田城表門は長坂を上がりきった処にある久保田城本丸の正門。 この門は絵図などの文献資料や発掘調査の成果をもとに、平成11年(1999年)から 2年計画で再建したもので、木造2階建て瓦葺きの櫓門となっ..
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久保田城跡久保田城は羽後国(旧出羽国)秋田郡久保田(現在の秋田市に)あった城。 関ケ原以後に佐竹氏がこの地に入り築城し、明治まで佐竹氏の居城でしたが、 現在は千秋公園として整備され市民に親しまれています。
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贄の柵跡楡の柵は、奥州藤原氏の重臣であつた河田次郎が館を構えていた場所。 文治5年(1189年)、平泉を捨てた藤原泰衡は贄の柵の河田次郎を頼り、 家臣3名と共にこの地まで逃れて来ましたが、結局この地で自害した..
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錦神社秋田県大館市二井田に鎮座し、奥州藤原氏の4代目、藤原泰衡を祀る神社。 数代の家来である河田次郎の裏切りに遭い、自害に追いやられた泰衡の首の無い遺体を、憐れんだ里人達が錦の直垂に包み埋葬した処とのことで..