記事「群馬」 の 検索結果 6002 件
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矢止之松群馬県太田市新田反町町にある新田義貞にまつわる伝説の松。新田義貞 が生品神社で旗揚げした際、南方に戦の吉凶を占う鏑矢を放ったところ、そ の矢がこの松に当たったと伝わっています。
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反町館跡新田荘における代表的な館跡で群馬県の「新田荘遺跡」のうちの1つ。国の史跡にも指定されています。現在は照明寺の境内となっているこの地は新田義貞の居館跡ともいわれ、周囲には堀や土塁が残されています。
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江田館跡平成12年(2000年)に国指定史跡に指定された群馬県太田市にある新田荘遺跡。鎌倉攻めに従軍した江田行義の館跡であり、その後、戦国時代には金山城主横瀬氏の家臣矢内四郎左衛門が館を拡張して住んだと伝えら..
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世良田東照宮群馬県太田市世良田町に鎮座する神社で徳川家康を祭神とする東照宮の1つ。関東に入った徳川氏は、この地を発祥地とし新田氏から分立した世良田氏の末裔を自称していたため、徳川氏ゆかりの地ともされました。
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新田義貞像(新田荘歴史資料館)新田義貞は鎌倉時代の末期、足利氏と並び武家を統率する家系であった新田家の当主で、足利尊氏の対抗馬であり好敵手でもあった武将です。出身地の世良田にある新田荘歴史資料館の前には銅像が建てられています。
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新田義貞像(生品神社)昭和58年(1983年)、新田義貞公挙兵650年を記念して生品神社境内に設置されましたが、平成22年(2010年)に、盗まれてしまったそうです。平成24年(2012年)5月8日に再建され、除幕式が行わ..
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神代木(生品神社)太田市に鎮座する生品神社の南に祀られている椚(くぬぎ)の古木で、神社所蔵の古文書には「新田義貞が当社前にて挙兵の際、神代木と記される大樹に大中黒の新田旗を掲げ、戦勝を祈願した」と記載されているそうです..
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新田義貞床几塚新田義貞は後醍醐天皇の綸旨を受けて、元弘3年(1333年)5月8日、生品神社の境内で鎌倉幕府(北条氏)討伐の旗挙げをしました。義貞が旗挙げをした時の兵力は、わずか150騎だったと伝わっています。
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岡上景能像岡上景能は養父景親の跡をついで幕府代官となり、各地の用水路整備や開墾に尽力しました。しかし、用水路建設の費用に年貢米を流用したなどの理由により江戸に召喚され、その道中の貞享4年(1688年)12月3日..
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鹿の川沼群馬県みどり市の岩宿遺跡のすぐ近くにある池。農業用調整池として整備され、現在は周囲が公園として地域の人々の憩いの場になっています。土手沿いには約75本の桜並木があり、3月下旬から4月上旬には「岩宿の里..
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相沢忠洋像相沢忠洋は、納豆などの行商をしながら独学で考古研究を行い、岩宿遺跡を発見した考古学者。昭和24年(1949年)に群馬県新田郡笠懸村(現みどり市)の関東ローム層から黒曜石で作られた打製石器を発見し、それ..
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岩宿遺跡(A地点)昭和21年(1946年)頃、相沢忠洋によって発見された群馬県みどり市にある旧石器時代の遺跡。この発見によって、それまでの定説が覆され、日本にも旧石器時代が存在したことが証明されました。発見場所の切通の..