記事「船乗り」 の 検索結果 50 件
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 966お盆いろいろ 今年は梅雨が短く明けるのも早いうえに、いきなり猛暑に襲われ、各地で記録更新が続いている。 気候のせいだけでなく、世界各地の戦争や紛争、トランプ..
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貨物船、日本一周、釧路土曜スペシャル を視聴 巨大船に乗る・第6弾 貨物船で日本一周、6000キロ 釧路〜仙台〜東京〜大阪〜志布志〜名瀬〜那覇 〜北九州〜博多〜敦賀〜苫小牧〜釧路 5隻の貨物船、北九州〜博多は陸上..
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 962転換期 今は転換期というかひとつの、大きな曲がり角にさしかかっている。そこで最も注目されるのが政治であるのは、当たり前の姿であろう。 先の総選挙(衆議院2024)、東京..
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船乗りオレみてえに 長い間船に乗っていると 船のことなんか 二の次になる
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 925人間関係 ブログのタイトルのスタートと、ゴールを明確に区分できるもので無いが、早く見ても小学生から、青函連絡船の終航ぐらいが、主体を成しているのだろう。 青函連絡船はこれま..
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 924巡り合わせはわからない 高校へ行きたいために味野中学校へ転校したのに、全寮制の商船学校へ行くなら、必要ないと思われるかもしれない。 その道が決まっているならば、回り道す..
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 914火災防止の極意 もしかすれば本当なのか、うつらうつらラジオからの、あやふやな声か分からなくても、船舶関係の事故なら耳に残ることが多い。 どうも夢でなく海上自衛隊の掃海艇、鳥取県..
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 910ここにも青函連絡船がよみがえる もう半世紀も前になるだろうか昭和40年代後半に、恒例となっていた職員と家族の慰安会を見に行った。歌手を招き歌謡ショー等が、目玉だったような気がす..
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 881バランスが大切 言える立場で無いが、そっとささやきたいような考えがある。部分的な事もあるが、大方の物事は全体的な、つながりで成り立つのだろう。 大きくは宇宙など自然科学から、現実的な社..
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 878変化? 若い時には柔軟な人当りで知られた人が、定年を終え高齢者と言われる年齢になると、割に意固地でやり難いとか囁かれることがよくある。 長いサラリーマン人生の反動か..
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 873先の事は たまたま結果から見れば、子供の時に思ったことが現実に、さらに船長の最後は、青函連絡船のフラッグシップ十和田丸の、首席(乗組)船長で終えたのも紛れもない事実である..
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 858能登を思う 能登半島地震から2か月を迎えようとするが、なかなか復旧が進まず、むしろ日増しに爪痕の大きさや、難しさが浮き彫りになっている。 能登半島へ行ったことは無い..
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