記事「観光地」 の 検索結果 2223 件
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水戸弘道館を訪ねて(その1)(その1) 水戸弘道館を訪ねて 水戸弘道館は、偕楽園と対となって水戸藩第9代藩主徳川斉昭が説く、一張一弛の思想の基、 より実践的で有為な人材の育成を願って、水戸城三の丸に創立した藩校です..
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水戸偕楽園を散歩して(その9)(その9) 好文亭は、晋の武帝の故事「文を好めば則ち梅開き、学を廃すれば則ち梅開かず」により、 梅の異名を「好文木(こうぶんぼく)」といったことから、名が付けられました。 二層三階建ての好文..
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水戸偕楽園を散歩して(その8)(その8) 楽寿楼3階から階段を降りる途中、左手に窓が開いていて、1階茶室の屋根の見事な 造形が観察できます。 その向こう茶室何陋庵(かろうあん)の露地西側には、竹垣に茶室待合(まちあい)が..
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水戸偕楽園を散歩して(その7)(その7) 3階には8畳の「楽寿楼(らくじゅろう)」、正室があります。 3階に上がると斜め左に楽寿楼を挟んで、正面と左手はそのまま一軒幅の畳の通路 となり、その先の欄干を飛び越えて外の景色に..
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水戸偕楽園を散歩して(その4)(その4) 奥御殿の10室を回り終えると、左手に突然、山なりになった廊下が現れる。 この廊下は、別邸に続く太鼓橋廊下と呼ばれています。 まさに、形そのものから太鼓橋と名付けられた廊下の途..
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水戸偕楽園を散歩して(その3)(その3) もともと、ここ好文亭は、水戸藩第九代藩主徳川斉昭が開いた偕楽園の中にあります。 好文亭の玄関には靴を脱ぐ簀の子(すのこ)が敷いてあります。 丁度、靴が入るような大きさの白い手..
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水戸偕楽園を散歩して(その2)(その2) 好文亭の裏路を竹垣に沿って右回りに歩いて行くと、 やがて杉林の路になり、 杉林越しに好文亭を見ながら中門(なかもん)の前に出られます。 中門をくぐると好文亭の入り口、料金所..
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水戸偕楽園を散歩して(元旦の6日前)お正月を目前に控えて、水戸偕楽園を散歩してみました。 (その1) 12月の最後の土曜日、 お正月を目前に控えて、水戸偕楽園を散歩してみました。 護国神社下の駐車場にクルマを停めて、..
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気ままに水戸 8気ままに水戸7からの続きです。 1616年、家康が死去して後、 ⑩ 東照宮は、元和7年(1621年)に水戸藩初代藩主頼房により創建され、 家康を祀っています。その後、頼房も祀られました。..
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気ままに水戸 7気ままに水戸 6 からの続きです。 ⑤ 愛宕神社は、天慶元年(938年)朱雀天皇の治世に、大掾平国香が 山城国愛宕郡愛宕神社より分霊を戴いたのが始まりです。 長和3年(1019年..
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気ままに水戸6水戸市には、いくつかの寺院と神社があります。 それらを、古い順から並べてみました。 先ず、一番古い寺社は、日本武尊を祀る神社でした。 ① 吉田神社は、顕宗天皇(485年)~仁賢天..
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気ままに水戸5水戸は、もともと那珂川の水(みず)と関係深く、那珂川の戸口に あったことから呼ばれた地名でした。 そんな、水と関わりのある水戸ですが、水戸にはいくつかの 湧水があります。 偕楽園の吐玉..