記事「記憶」 の 検索結果 3005 件
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41年前の旅立ち今から41年も前の今日7月28日のことである。両親とぼくは、初めての関西に、初めの夜行寝台に乗って旅立った。従兄弟たちとも連れだって山形の母の田舎に行くのを除けば(これはこれで急行列車に8時間近くも揺..
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記憶の糸を紡ぐ2子どもだったぼくの狭くて広い領分 家の木戸を出て右(東)方向へは、多分100mもなかっただろうと思うが、O女子大学の交差点が子どものぼくの世界の終点。交差点の角の魚屋へは滅多に買いに行くことはなかっ..
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夢の記憶2年前の日記から 「2009年2月15日(日) 昨日の暖かさの名残が感じられる穏やかな日曜日。 (中略) 夢はどうしてこう覚えていることが難しいのだろう。それを承知で床から起き上がる前に夢の反..
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11年ぶりに頤和園を訪れる以前なら、またいつか来ればいいや考えることができたのに、もう二度と来れないに違いないと思ってしまうことが多くなってから、もうどれくらい経つだろう? 記憶の彼方に行ってしまうのが年とともに早くなってきた..
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記憶の糸を紡ぐ3庭の木々と季節の移り変わり この時期になると町中がこの匂いに包まれる。決まって10月1日頃。数日とずれることがない。季節の動きが何週間もずれることがあった今年もこの匂いに関する限り、測ったようだ。金..
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コンサートを聴くコンサートから足が遠のいて久しい。音の出る前のあのピンと張り詰めた緊張感と、音の出た後の演奏者と聴衆とが作り上げる一体感は本当に何物にも代え難い。一般的にいって、聴き手の積極的な働きかけがなければ、聴..
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過去が生きているということ今年秋の京都の非公開寺院公開リストに孤篷庵の名を見つけたのは、僅か一週間の公開期間が過ぎてからだった。一瞬、次の公開はいつのことだろうという思いも去来したが、これでよかったのだという気持ちがふくらんだ..
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都電荒川線の花電車都電、なんと懐かしい響きであろう。今でも荒川線が残っているので、ご存じの方もいられると思うけれど、実は荒川線は当時都電の中では異端だった。専用軌道をもたない都電は、交通量の増大に伴って次第に邪魔者扱い..
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ぼくの読書の始まり自分の読書遍歴を振り返ると、それはそれでかなり偏りのあるのは否めない。小学生のぼくが感想文の提出のために慌てて読書をするような子だったことは前に書いた。母が買い与えてくれた本は面白くなかった。本を選び..
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忘れ物をして思い出したことバスの中に忘れ物をしたことに気付いたのは、仕事場に着いてからだった。どこに置いてきたか、直ちに確信した。営業所に問い合わせてみると、運転手さんが気付いて保管してくださっている由。しまった、と青くなって..
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父の写真と記憶の中の風景〔都電の一口坂停留所〕 父の遺品の中になつかしい写真があった。都電12番の一口坂の停留所の写真である。ぼくの記憶にあるのとはちょうど正反対の南西方向からの写真で、靖国通りの南側から一口坂停留..
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犬と星を見る夕方西の空に、ちょうど先月見たのと同じくらいの、細筆でひと掻きしたようなか細い月がかかっていた。かかっていたといっても、下半分の円弧だから、天空に必死に何かを支えている、そんな趣である。あれからもうひ..