記事「野球」 の 検索結果 65676 件
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東都大学野球:09春のリーグ戦終了時点での通算打撃成績=安打数順『大学野球』誌と『神宮球場ガイドブック』を基に、東都大学野球の09年春のリーグ戦終了時点での主な野手の通算打撃成績を安打数順で算出してみました。 所属と学年 守備 出身校 試合 ..
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東洋大OBプロ選手の“思い出”?今年も週間ベースボールの『選手名鑑号』が2月6日の発売され、晴れてプロ選手の仲間入りを果たした大野奨太選手と上野大樹選手も掲載されている。 毎年発行されるこの“週ベ”の名鑑には“主なタイトルと受賞年..
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東洋大OBプロ選手の“成長度”?プロ野球選手と言うのは“大きい”!。テレビで見ているとスマートな印象の選手でも、近くで見るとやはり“大きい”!。 神宮で東都の試合を観戦すると、時にはドラフト候補に挙げられている選手とトイレで隣り合..
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番外編:中等野球にもあった「東京」vs「東都」一昨日(7月10日)高校野球西兵庫大会で東洋大姫路が初戦で敗退してしまった。プロ注目の佐藤投手を擁して選抜でもベスト4まで勝ち進み、“夏こそは”、の期待も大きかっただけに残念である。 ところで、..
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同級のライバルは・・・:日野伸一(泰宏)投手=東洋大野球部の歴史―人物⑦先回のエントリー、「一級下のライバルは・・・:北島広行投手」の中でも紹介した日野伸一(一時泰宏と改名)投手は高校三年時の春の選抜大会に出場した際、千葉商大付の平沼、早実の荒木とともに“埼玉の無失点男・..
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一級下のライバルは・・・:北島広行投手=東洋大野球部の歴史―人物⑥在学中通算12勝を挙げた北島広行投手の出身校は豊南高校。野球ではあまり聞かない校名であるが、『プロ野球人名辞典』を見てみると豊南高校出身の選手が一人だけいる。日根鉱三という国鉄に昭和36~37の二年間..
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東洋大学野球部の歴史-戦前⑩昭和六年前稿、戦前編⑧を以って大正時代は終わり本稿から昭和へとはいってゆくのだが、東洋大学の試合結果が新聞紙上に見られるようになるのは昭和六年秋に始まる三大学リーグ戦からである。その間、野球に関連する事項とし..
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甲子園、神宮、都市対抗のマウンドを踏んだ四番打者:石崎透選手=東洋大野球部の歴史―人物⑤九回裏、専大漆畑の遊ゴロを、あやつり人形のようなギコチなさで捕った東洋大の渡辺遊撃手が一塁へ高投した。一瞬ハッとさせる場面..
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死球の筈が決勝本塁打:細川昌俊選手=東洋大野球部の歴史―人物④細川昌俊選手の事が気になりだしたのは「個人別通算本塁打」を集計した時からである。個人で通算二桁の本塁打を記録したのはこの細川選手が東洋大では最初なのだ。以後、細川選手を含む計8名の選手が通算二桁の本塁..
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東洋大学野球部の歴史-戦前⑨大正15年Ⅳ「東洋大学野球部の歴史-戦前⑦大正15年Ⅲ」の続き 大正十五年大学専門学校野球リーグ戦 10月22日 國學院大130 3140 300 24 上智大學000 00 0 000 0..
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都市対抗野球:東洋大学出身出場者一覧Ⅱ(平成編)=東洋大学野球部の歴史-資料編⑬卒業後社会人野球に進み都市対抗野球に出場したOBを、昭和篇に引き続き平成編として一覧に纏めてみた。参考に供したのは『都市対抗野球60年史』『サンデー毎日増刊ー都市対抗野球ガイドブック』と毎日新聞縮刷版..
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都市対抗野球:東洋大学出身出場者一覧Ⅰ(昭和篇)=東洋大学野球部の歴史-資料編⑫卒業後社会人野球に進み都市対抗野球に出場したOBを一覧に纏めてみた。参考に供したのは『都市対抗野球60年史』『サンデー毎日増刊ー都市対抗野球ガイドブック』と毎日新聞縮刷版より選手名鑑掲載日の記事である..