記事「鎌倉」 の 検索結果 13114 件
-
太平寺跡鎌倉市西御門にある、来迎寺の門前に碑が建てられています。鎌倉尼 五山の筆頭として高い寺格を有していましたが、弘治元年(1556年)に 発生した里見義弘による鎌倉攻撃の影響を受けて廃寺となったそうで..
-
吉田松陰留跡碑鎌倉市二階堂の瑞泉寺山門近くにある吉田松陰の滞在を示す碑。松陰の 母方の伯父が瑞泉寺の第25世住職「竹院和尚」で、吉田松陰は寛永6年 (1853年)の6月中旬、竹院和尚に会いに瑞泉寺を訪れたそうで..
-
三社大権現跡鎌倉の永福寺跡から瑞泉寺に向かう細い道の脇に、石柱が建っています。 三社大権現とは、熊野三山の熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社 の三社の神様のことで、昔この辺りに熊野神社があったらしいとの..
-
杉本寺行基が十一面観音を安置して創建したと伝わるお寺で、山号は大倉山。 天平6年(734年)の創建で、鎌倉最古の寺といわれています。杉本城の 斯波家長が北畠顕家に攻められ、この寺で自害したとのことです。..
-
釈迦堂切通鎌倉の切通というと、鎌倉七口の切通が良く知られていますが、この切通 は鎌倉内外を結ぶ道ではないため、その中には入っていません。釈迦堂 はこの洞門の北側西方にあったといわれ、字名として残されています..
-
黄金やぐら鎌倉市大町7丁目の細い道の脇にあるやぐら(13~15世紀に鎌倉地方で 流行した墓の一様式)で、このやぐらの内部の水中に光ごけが発生し、覗く と黄金色に輝いたことから黄金やぐらと名づけられたと伝わっ..
-
新羅三郎墓鎌倉市大町の大宝寺境内にある、新羅三郎の墓と伝わる宝塔。新羅三郎 とは、源義家の弟の源義光のことですが、近江国の新羅明神で元服したこ とから新羅三郎と称したそうです。
-
魚町橋鎌倉市の大町四ツ角交差点の少し南を流れる逆川に架かる赤い欄干の橋。 この橋の近くには、町屋跡の碑も建てられていて、鎌倉の繁栄当時には、 商売屋が多く集まり、魚町という小町屋がこの辺りにあったものと..
-
町屋跡鎌倉市の大町四ツ角交差点から少し南に行った所に碑が建てられて います。この辺りは、昔の鎌倉繁栄当時に商売屋が多く集まっていた 所だったそうで、その中央の大通を大町大路と呼んでいたそうです。
-
本興寺(鎌倉)鎌倉市大町にある日蓮宗のお寺で、 「辻の本興寺」と呼ばれています。 日蓮上人の鎌倉辻説法の由緒地に、延元元年(1336年)、日蓮の門弟 「九老僧」の一人の天目が、休息山本興寺として建立したお寺です..
-
辻の薬師堂鎌倉市大町にある小さな仏堂で、元々は、建久元年(1190年)に、源頼朝 が二階堂に建立した東光寺の境内にあったものと云われているそうです。 安置されている諸仏像はレプリカで、本物は鎌倉国宝館の所蔵..
-
下馬(鎌倉)鶴岡八幡宮に参る武士が、この辺で馬から降り た事からの命名だそうです。 幕末の元治元年10月22日(1864年11月21日)、この付近で、英国人士官 2名が日本の武士に斬殺された事件、鎌倉事件が起..