記事「長野」 の 検索結果 8449 件
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旗挙八幡宮長野県木曽郡木曽町の、木曽義仲館跡にある旗挙八幡宮と呼ばれる神社。 木曽義仲は、この地に館を構えた際に八幡宮を祀ったと伝えられ、治承4年 (1180年)には、この地で平家打倒の挙兵をしたと伝えられ..
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木曽義仲館跡(木曽)木曽義仲は2歳のころ、父の源義賢が、源義朝の長男である義平に討たれ、 畠山重能・斎藤実盛らの計らいで信濃国へと逃れてきたと伝えられています。 木曽では中原兼遠に養育され、兼遠館の北東に居館を構えて..
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義仲館長野県木曽郡木曽町の徳音寺に隣接する木曽義仲に関する展示館で、 木曽義仲に関する多数の絵画や文献資料が展示されています。敷地内 には、木曽義仲と巴御前の像が建てられています。
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木曽義仲と巴御前像木曽義仲は源義賢の次男で、源頼朝・義経兄弟とは従兄弟にあたる武将。 巴御前は木曽義仲の妾で、樋口兼光の娘とも、中原兼遠の娘、樋口兼光・ 今井兼平の姉妹とも云われ、男勝りの武勇の持ち主だったと伝わっ..
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中原兼遠墓中原兼遠は、源義賢の遺児・駒王丸、後の木曽義仲を斎藤実盛の手から 預かり、ひそかに匿って養育した信濃国木曾地方に本拠を置く豪族でした。 兼遠の子である樋口兼光・今井兼平はともに義仲の重臣となってい..
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林昌寺長野県木曽郡にある、臨済宗妙心寺派のお寺で、本尊の釈迦如来像が有名。 2才の時に父を討たれた木曽義仲を幼少から養育した中原兼遠の菩提寺で、 本堂脇の山の中腹に、中原兼遠の墓があります。
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開田高原長野県木曽郡の御嶽山の裾野を中心とした、ほぼ全域が標高1000m 以上の高原で、古くから木曽馬の主産地として知られています。 現在でも約70頭の木曽馬が放牧されていて、大きな観光資源となっています..
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寝覚の床木曽川の水流によって花崗岩が侵食されてできた自然地形で、国の名勝。 浦島太郎の伝説地であり、この地で玉手箱を開けた浦島太郎は目が覚めた かのように思い、この里を「寝覚の床」と呼ぶようになったと伝わ..
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登内時計記念博物館長野県伊那市西箕輪にある、個人が収集した時計を展示している博物館。 伊那市に本社を置く、アルミ電解コンデンサ等の電子部品メーカーである ルビコンの社長・登内英夫氏所有の約150点の時計が展示されて..
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信州そば発祥の地長野県伊那市の西方郊外、駒ケ岳神宮境内にある、行者そば発祥の地の碑。 里人たちが役小角か らもらった「そば」の種を 大事に育て「行者そば」と呼び、 その「そば」が信州全域 に広がり「信州そば」とい..
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中央構造線関東から九州へ、西南日本を縦断する大断層系で、中央構造線を境に 北側を西南日本内帯、南側を西南日本外帯と呼んで区別しているそうです。 中央構造線博物館の直ぐ傍の地表に、中央構造線が表示されています..
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中央構造線博物館長野県下伊那郡大鹿村にある日本で唯一の中央構造線の専門博物館。 北川露頭から剥ぎ取った実物標本や、村内で採集された岩石の標本、 断層に関する各種資料に加えて、防災に関する展示が行われています。