記事「長野」 の 検索結果 8398 件
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木曽義仲と巴御前像木曽義仲は源義賢の次男で、源頼朝・義経兄弟とは従兄弟にあたる武将。 巴御前は木曽義仲の妾で、樋口兼光の娘とも、中原兼遠の娘、樋口兼光・ 今井兼平の姉妹とも云われ、男勝りの武勇の持ち主だったと伝わっ..
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中原兼遠墓中原兼遠は、源義賢の遺児・駒王丸、後の木曽義仲を斎藤実盛の手から 預かり、ひそかに匿って養育した信濃国木曾地方に本拠を置く豪族でした。 兼遠の子である樋口兼光・今井兼平はともに義仲の重臣となってい..
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林昌寺長野県木曽郡にある、臨済宗妙心寺派のお寺で、本尊の釈迦如来像が有名。 2才の時に父を討たれた木曽義仲を幼少から養育した中原兼遠の菩提寺で、 本堂脇の山の中腹に、中原兼遠の墓があります。
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開田高原長野県木曽郡の御嶽山の裾野を中心とした、ほぼ全域が標高1000m 以上の高原で、古くから木曽馬の主産地として知られています。 現在でも約70頭の木曽馬が放牧されていて、大きな観光資源となっています..
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寝覚の床木曽川の水流によって花崗岩が侵食されてできた自然地形で、国の名勝。 浦島太郎の伝説地であり、この地で玉手箱を開けた浦島太郎は目が覚めた かのように思い、この里を「寝覚の床」と呼ぶようになったと伝わ..
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登内時計記念博物館長野県伊那市西箕輪にある、個人が収集した時計を展示している博物館。 伊那市に本社を置く、アルミ電解コンデンサ等の電子部品メーカーである ルビコンの社長・登内英夫氏所有の約150点の時計が展示されて..
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信州そば発祥の地長野県伊那市の西方郊外、駒ケ岳神宮境内にある、行者そば発祥の地の碑。 里人たちが役小角か らもらった「そば」の種を 大事に育て「行者そば」と呼び、 その「そば」が信州全域 に広がり「信州そば」とい..
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中央構造線関東から九州へ、西南日本を縦断する大断層系で、中央構造線を境に 北側を西南日本内帯、南側を西南日本外帯と呼んで区別しているそうです。 中央構造線博物館の直ぐ傍の地表に、中央構造線が表示されています..
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中央構造線博物館長野県下伊那郡大鹿村にある日本で唯一の中央構造線の専門博物館。 北川露頭から剥ぎ取った実物標本や、村内で採集された岩石の標本、 断層に関する各種資料に加えて、防災に関する展示が行われています。
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北の城橋伊那峡の天竜川に架かる橋で、信濃の橋百選に選定されています。 以前は、渡船が常用されていましたが、昭和3(1928年)につり橋が 架けられ、現在の橋は昭和33年(1958年)に修復されたものだそ..
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中央構造線 溝口露頭中央構造線は、長野県諏訪市の杖突峠から始まり、長野県南部を縦断し 静岡県に抜けて、九州まで達する、総延長が1000キロを超える大きな断層。 溝口露頭は伊那市長谷にある、中央構造線の整備された露頭の..
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絵島墓信濃高遠藩へ流された絵島は、27年間の幽閉(閑居)生活の後、 寛保元年(1741年)に風邪をひいて、それが元になって死去したとのこと。 享年61歳、墓所は高遠の蓮華寺にあります。