記事「障害」 の 検索結果 4477 件
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大きく変わってきた障害者就労 ― 職場と地域を考える 2)障害の重い・軽いと関わりなく5年ぶりに就労支援センターに入ってもうひとつ実感したのは、就労している障害者が、福祉・医療施設の利用者より「障害が軽い」ということは言えないこと。 会話がオウム返しだったり、別の作業を指..
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大きく変わってきた障害者就労 ― 職場と地域を考える 1)支援の連携の功罪5年前に所長を務めた越谷市の障害者就労支援センターへ、最近、所長代行としてまた顔を出している。写真は就労支援センターが3階にある越谷市産業雇用支援センター。1、2階はハローワーク。 びっ..
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地に足 踏ん張って 関わり合うこと写真は1週間前の石巻市内。がれきにうずもれた家の片付けに出かけたわらじの会メンバーが見た風景。 今日は3.11から45日目。筆者の地元・埼玉県春日部市では、駅からまっすぐの藤棚通りで..
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大震災―そのとき…そしていま 私は日々があわただしくやってきて、人々を置き去りにして飛び去って行く。震災からいまにいたるまで大きな余震が、何度となくおこり、津波の被害の大きさがつぎつぎとあらわにされ、原発事故の影響は悪無限的に深まり..
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伝え合おう!身近な被災体験 メール通信を発行中>今年筆者が送った年賀メールー「くだくだしい私の…」というタイトルで前にブログで紹介した、そのメールの中に、カランコエというマダガスカル原産の多肉植物の越冬の試みについてふれた。障害者たちと一緒..
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聴覚障害者Oさんの八戸便り その3八戸現地の聴覚障害者・Oさんからの第3報を紹介する。これは15日に届いたメール。ずいぶんブログでの紹介が遅れてしまった。実は、筆者は、いまこのブログよりも、「身近な地震被災体験」と名付けたメール通信に..
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地震現場・八戸の聴覚障害者Oさんから第2報&埼玉での被災体験も八戸の聴覚障害者・Oさんの最初のメールは、筆者らがまだ11日夜新幹線に乗るころに発信されていた。そして、Oさんからの二度目のメールが、12日夕方5時すぎに送られてきた。そのメールに添えられた2枚の写真..
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3月11~12日の帰宅難民体験 そして八戸現地Oさんからのメール地震があった11日深夜、東京駅近くの丸ノ内オフィスビルのロビーで、一夜を明かすたくさんの人々。 この夜、筆者を含むわらじの会関係者5名は、名古屋からやっと動いた新幹線に乗って東京駅までたどり着いた..
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地震被災の現場からの発信―八戸の聴覚障害者Oさんからこの写真は、八戸の聴覚障害者・Oさんが12日朝7時に携帯メールで送ってきてくれたもの。写真は昨夜撮影。そこに添えられたOさんのコメント…… 「青森県八戸市の昨夜の状態です。(港) 津波で車が打..
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教育局よ!高校よ! 分けられたものたちの証言を聞いてくれさて、24日の、主席への抗議と申し入れの場へ戻ろう。今回でひとまず報告を終わる。 この教育局が入っている県庁第2庁舎1階ロビーにあるアンテナショップ・かっぽ常勤の板倉が、主席に問いかけた。かっ..
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排除する学校―入試の残酷さはその反映にすぎない 県教育局との対話から今回も、2月24日の教育局への申し入れの続き…。今井は、わらじの会編「地域と障害―しがらみを編みなおす」(現代書館)の中で、かって武田暁くん(仮名)の県立高校受験に立ち合ったときの経験を書いている(..
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県教育局へ 抗議と申し入れ…そしてお礼 英樹くんは後期募集受けず3月24日、埼玉県公立高校前期合否発表の日、6年間にわたって「共に生きたい」と高校の門を叩き続けてきた吉井英樹くんが、日高高校でまたも切り捨てられた。いっぽう今春中学卒業予定の松森彪留くんは、クラス..