記事「霊」 の 検索結果 614 件
-
年忌周忌回忌【香典や法事、法要のマナー】年忌【香典や法事、法要のマナー】 中陰、百カ日のあと、1年目以降の祥月命日(死亡月日)に行う供養の法事、法要です。 1年目を一年忌(一周忌、一回忌)、満2年目を三年忌(三回忌)、以降七年忌..
-
XIV手術直後、まだ灯ったままの無影灯のもと、死線を越えたという実感を私に生じさせたのは幻覚のなかで私を救った亡兄だ。私はこのことを、自分の心のなかに生きている生前の兄の情念が働いたものと解釈してきた。 ..
-
XIII朝。寝て起きたその部屋が大湊であることのわきまえが、私にはすぐにはつかなかった。 それは、私の霊媒観では蛮族にしか神秘たりえないはずの非合理な口寄せの怪による前夜来の驚きで、たわいもなく肝を..
-
XIIいったいこれはどう思えばいいのか。 『…ついて来るではない。山を下りて帰ることぞ。…』 いましがた披露された恐山の霊験やイタコの秘法を、その時点では、土地の名産の自慢話にオトナらしく相槌..
-
II暑い日だった。 梅雨が明け、すっかり夏型の気圧配置となった東京は、午前十一時で既に三十度を超え、つぎつぎと走り過ぎてゆく車がプラタナスの木陰を熱風の渦であおりたてていた。 昭和五十九年..
-
III入院から手術までの間、一度は一般病室に移ったが発作がひどく、またCCUに戻され、私には、もう日にちの経過や昼夜の区別がつかなくなっていた。 ただ、そんな中、私は病苦とは繋がらない奇妙な夢をよ..
-
IV私が歩き出そうとすると消えてしまう奇妙な感覚の中のその情景は毎回同じで、我に返ってもすぐには忘れられない。だから、その記憶も次第にはっきりとしたものになってゆく。 しかし、これはあくまでも病..
-
V私はいつもの荒れ果てて寒々とした山道を登りはじめてみた。 ところがどうだろう、幻覚はいつもと違って途絶えないばかりか、私のハダシの足の裏に幻影であるはずの山道の、その地面の尖った石粒がくい込..
-
VIそのときだ。頂上から私に怒鳴りつけるような声。 見上げて眼をこらしてみると、それは思いもよらぬ私の兄ではないか。亡くなって既に十年は経つ二番目の兄なのだ。その次兄が大岩から私を逃がそうとして..
-
VII秋の早い年だった。 九月の下旬には庭の金木犀が無数の蕾をつけていた。 慶応での手術から四日目には榊原へ戻り、その八月の末には榊原からも退院できるという異例の快復ぶりには主治医も驚いてい..
-
VIIIその義弟が私の重態を知って病院に駆けつけたあと、その日のうちに引き返し、本州最北端下北の地から願掛けをして病本復を祈ってくれていたというのだ。 つぎの奥入瀬のあとは馬門温泉の予定だったから、..
-
IXこの湯治旅行で、過去の自分には何と薄っぺらな感性しかなかったのだろうという、内心汗ばむような回想に私は幾度か見舞われていた。 ところで、死に直面したときの心情というのは、暗く、なにも無く、寒..