記事「青森」 の 検索結果 7131 件
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蟹田港津軽半島の東側の陸奥湾に面した蟹田にある港。 蟹田は、太宰治の小説「津軽」にも登場する町です。 蟹田港からは下北半島の脇野沢との間をを結ぶフェリーが就航しています。
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脇野沢港青森県下北半島の西南にある、陸奥湾に面した港。 この地域は、かつては脇野沢村でしたが、現在ではむつ市になっています。 津軽半島の蟹田とを結ぶフェリーの発着港にもなっています。
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陸奥湾フェリー津軽半島の蟹田と下北半島の脇野沢を約1時間で結ぶカーフェリー。運行 されているのは総トン数611トンの「かもしか」で定員は240名。4月下旬 から7月上旬にかけてはイルカの群れも観ることができるそ..
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宇曽利湖青森県下北半島恐山にあるカルデラ湖で、湖の北東部は霊場恐山の境内。恐山境内では、温泉も湧き火山ガスなどが噴出しているところもあります。湖底からは硫化水素が噴出し、水質が酸性で生物の生息も限られています..
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恐山下北半島にある霊場で、比叡山、高野山と並ぶ日本三大霊場の一つ。 貞観4年(862年)の開山で、開祖は最澄の弟子の慈覚大師とのことです。 恐山大祭や秋詣りには、イタコの口寄せが行われることで知られて..
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平沢第1露営地青森歩兵第5連隊が駐屯地を出発したのが、明治35年1月23日。 当初の予定では1泊2日の行軍で、この日の宿泊予定地は田代温泉。 しかし、悪化した天候のために行軍は難航し、やむなくこの地で露営。
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鳴沢第2露営地八甲田山雪中行軍に挑んだ青森歩兵第5連隊の2日目の露営地。 第1露営地からは、直線にして僅か700m移動しただけの位置で、 食料も凍結していて食べられず、ここで多くの将兵が凍死したとのことです。
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後藤伍長像後藤房之助は宮城県出身で、青森第5連隊の伍長として雪中行軍に参加。 遭難4日目の1月27日午前10時頃、仮死状態で発見されました。 この像は全国からの将校の寄付により制作されたものです。
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中の森第3露営地青森歩兵第5連隊が駐屯地を出発したのが、1月23日午前6時55分。 八甲田山に入って3日目の1月25日の露営地がこの付近。 この時すでに、死者・行方不明者合わせて70名以上になっていたそうです。
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後藤伍長発見の地青森歩兵第5連隊が駐屯地を出発したのが明治35年1月23日の早朝。 その後、青森歩兵第5連隊は、雪の八甲田山中を彷徨して遭難。 1月27日10時半頃、雪中に佇立している後藤伍長がここで発見されまし..
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田茂木野田茂木野は八甲田山に向かう途中にある村で、八甲田山雪中行軍を 実施した青森歩兵第5連隊も通過したところです。 遭難事故発生後、此処には遺体安置所が設置されました。
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八甲田山雪中行軍遭難資料館明治35年(1902年)、八甲田山で起きた雪中行軍遭難事件の資料館で、 当時の雪中行軍のルートや装備品などが多数展示されています。遭難者 の眠る幸畑陸軍墓地の隣接地にあります。