記事「静岡」 の 検索結果 9462 件
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徳川家康像(駿府)徳川家康は6歳の頃より18歳の頃まで、今川家の人質として駿府で生活し、 晩年には駿府城に移って「駿府の大御所」として実権を掌握していました。 駿府城の本丸跡に鷹狩の出で立ちの徳川家康の像があります。
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元城町東照宮静岡県浜松市の浜松城の直ぐ東、浜松城の前身である引間城があった地に建てられた東照宮。引間城は元亀元年(1570年)に徳川家康が入城す ると、範囲を西に大きく拡大して浜松城となりました。
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家康・秀吉像浜松城近くの元城町東照宮境内に建てられた徳川家康と豊臣秀吉の像。 秀吉は16歳前後の3年間、引間城主配下の松下氏に仕官して浜松で暮らし、家康はその後の引間城を拡張、後の浜松城の基礎を築きました。
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浜松城静岡県浜松市にある野面積みの石垣で有名なお城で、元亀元年(1570年)から17年間、徳川家康の居城でした。三方が原の戦いは、この城の北方約10kmのところで行われ、惨敗した家康はこの城に逃げ帰ってきま..
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徳川家康像(浜松城)元亀元年(1570年)に徳川家康は、武田信玄の侵攻に備えるため本拠地を三河国岡崎から遠江国曳馬へ移し、城名・地名ともども「浜松」と改めました。 徳川家康は29歳~45歳までの17年間を浜松城で過ごしま..
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井伊家発祥の井戸龍潭寺から南に歩いて約5分の田んぼの中にある井戸。井伊家の初代、 井伊共保公がこの井戸の脇に捨てられていたとの逸話から、井伊家発祥 の井戸として今も大切に守られています。
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龍潭寺静岡県浜松市北区にある臨済宗妙心寺派のお寺で、平安時代から井伊氏の菩提寺であったとのこと。永禄3年(1560年)に戦死した井伊直盛がこの寺に葬られると、直盛の法号から龍潭寺と改められたそうです。
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松岳院跡地龍潭寺境内の松岳院跡地は、井伊直盛公の内室であった松岳院(井伊直虎の母)が住まわれた塔頭があった場所。永禄11年(1568年)11月、徳政令を受け入れた井伊直虎も、井伊谷城を出て松岳院に入りました。
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井伊谷宮静岡県浜松市の井伊谷に鎮座する神社で、後醍醐天皇の第四皇子で南北朝時代に征東将軍として関東各地を転戦した宗良親王をお祀りしています。宗良親王は 元中2年(1385年)8月10日に73歳で当地で歿したと..
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宗良親王墓宗良親王は後醍醐天皇の皇子で、南北朝時代に南朝方として、北陸・信州等 各地で戦い活躍しました。終焉の地には諸説ありはっきりとしていませんが、 静岡県浜松市北区引佐町井伊谷の龍潭寺の奥に宗良親王の墓があ..
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井伊家墓所静岡県浜松市北区の龍潭寺境内にある井伊家の墓所。ここに元祖井伊共保公より24代 井伊直政公までの墓石が並んでいます。正面向かって 右側が初代井伊共保公の墓石、左側奥から2番目が井伊直虎公の墓石です。
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源頼朝・北条政子像源頼朝が流されて約20年を過ごしたとされている蛭ヶ小島にある二人の像。 流人の頼朝と恋に落ち、頼朝の妻になったのが地元の豪族の娘の北条政子。 その後、頼朝は鎌倉に幕府を開き、政子も尼将軍と言われるまで..