記事「静岡」 の 検索結果 9339 件
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井殿の塚静岡県浜松市の井伊谷城跡の近くにある井伊直満と直義兄弟の墓所。 この兄弟は天文13年(1544年)12月、家老である小野和泉守道高の 讒言により、駿河の今川舘に召喚されて殺害されてしまいました。
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井伊谷城跡井伊谷城は遠江国の井伊谷(現在の静岡県浜松市北区引佐町)にあった 城で浜松市指定史跡。井伊氏の祖である井伊共保が万寿9年(1032年) には築城していたと伝えられ、江戸時代初期まで井伊氏代々の居城でし..
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掛川城大手門平成7年(1995年)に復元された掛川城の大手門で、平成5年(1993年) に行われた発掘調査で礎石根固め石が12か所確認されたことからの復元 だそうです。当時の位置から北に50m程の位置に建てられて..
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掛川城御殿静岡県の掛川城二の丸にある御殿。前の御殿が嘉永7年(1854年)に大地震で倒壊したため、安政2年(1855年)から文久元年(1861年)にかけて現在の御殿が再建されました。国の重要文化財に指定されてい..
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霧吹井戸静岡県掛川市の掛川城天守閣の脇にある井戸。この城が徳川家康に攻撃 されたとき、井戸から立ちこめた霧が城をすっぽりと覆い隠し、徳川軍は攻撃 できなくなったと伝わっています。掛川城の別称「雲霧城」の由来だ..
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太鼓櫓(掛川城)静岡県の掛川城の三ノ丸から本丸に移築されて現存する太鼓櫓。城下に時を知らせるための大太鼓を納めてあった建物で、当時使われた大太鼓は市の文化財に指定され、現在は掛川城御殿の広間に展示されています。
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掛川城遠江国佐野郡掛川(現在の静岡県掛川市掛川)にあった城。現在の天守閣は、平成6年(1994年)に市民や地元企業などから10億円の募金を集めて戦後初の木造により再建されたもので、掛川のシンボルとなっていま..
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徳川慶喜公屋敷跡最後の将軍・徳川慶喜が戊辰戦争で破れた後、移り住んだのが静岡市。 現在は料亭「浮月楼」となっているこの地で、慶喜は写真・狩猟・投網・ 囲碁・謡曲など、多くの趣味に没頭する生活を送っていたとのことです。..
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駿府城静岡県静岡市にある城跡。今川氏が今川館としていた場所に徳川家康が築城し最晩年に隠居所としました。二ノ丸南東の巽櫓、東御門(櫓門) と続多聞櫓が日本古来の伝統的在来工法によって復元されています。
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駿府城天守台跡静岡県静岡市葵区の駿府城公園内にある駿府城天守台の跡。現在発掘調査中ですが、天守台の石垣の西辺が約68m、北辺が約61mと確認され、 江戸城を上回る日本一の大きさを有していることが分かりました。
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徳川家康像(駿府)徳川家康は6歳の頃より18歳の頃まで、今川家の人質として駿府で生活し、 晩年には駿府城に移って「駿府の大御所」として実権を掌握していました。 駿府城の本丸跡に鷹狩の出で立ちの徳川家康の像があります。
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元城町東照宮静岡県浜松市の浜松城の直ぐ東、浜松城の前身である引間城があった地に建てられた東照宮。引間城は元亀元年(1570年)に徳川家康が入城す ると、範囲を西に大きく拡大して浜松城となりました。