記事「静岡」 の 検索結果 9462 件
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有闘坂建武2年(1336年)12月11日、 足利尊氏勢と新田義貞勢の間で竹之下合戦が行なわれ、有闘坂はその合戦の激戦地の一つでした。 足柄駅入口交差点脇には石仏群があり「有闘坂」の表示板があります。
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竹之下合戦供養塔現在の静岡県小山町竹之下周辺で、建武2年(1336年)12月11日に、 足利尊氏勢と新田義貞勢の間で、所謂竹之下合戦が行なわれました。 竹之下字堀之内の興雲寺の境内には戦没者の供養塔があります。
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爪切り地蔵静岡県駿東郡小山町竹之下の興雲寺からやや北、道路際にあるお地蔵様。 金太郎の母親八重桐が視力快復のため、箱根の姥子温泉に湯治に行き 全快をしたので、お礼の意味で金太郎が爪で彫ったものと伝えられています..
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二条為冬墓二条為冬は藤原定家のひ孫、歌道二条派の祖二条為氏の孫にあたり 歌道の継承者でしたが、所謂公家大将として箱根・竹之下の戦いに参戦。 戦いは敗れ、自害した二条為冬の墓が竹之下の白旗神社境内にあります。
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源頼朝・北条政子の腰掛石三嶋大社の境内にある源頼朝・北条政子腰掛石と呼ばれている石。治承4年(1180年)5月、源頼朝が平家追討の心願をこめて百日の日参をした時に、この石に腰をかけて休憩したと伝えられているそうです。
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厳島神社(三嶋大社)三嶋神社の境内にある神池中の島に鎮座する神社で、ご祭神は市杵嶋姫命。北条政子が勧請したと伝えられていて、家門繁栄、商売繁盛、安産、裁縫等の守護神として広く信仰されているそうです。
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安達藤九郎盛長警護の松治承4年(1180年)、源頼朝が源家再興の祈願の為、百日間毎晩蛭島より三嶋大社に日参するに際し、従者盛長がここで警護したと伝えられています。現在は黒松と赤松が一つの根から生え出た「相生松」が植えられて..
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源頼朝旗挙げの碑源頼朝が旗挙げをしたのは治承4年(1180年)8月17日のこと。この日は三島大社の祭礼があり、山木館が手薄になるので、頼朝はこの祭礼の日に合わせて山木兼隆を夜討ちしたとも伝わってます。
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大泉寺静岡県沼津市にある曹洞宗のお寺で、阿野全成の館跡でもあります。阿野全成の幼名は今若で、牛若(源義経)の同母兄にあたり、源平の争乱後に駿河の阿野荘を賜って阿野全成と呼ばれるようになったそうです。 ..
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竹採公園静岡県富士市にある日本最古の小説といわれる竹取物語に因む公園。かぐや姫はここで生まれ育ち、ここから天へ帰ったとか富士山に帰ったとか。公園内では竹取物語に関連する幾つかの場所を見ることができます。
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平家越え治承4年(1180年)の富士川の合戦の際、富士沼の水鳥が群れ立つ羽音に驚いた平氏は源氏の襲来かと思い、慌てて逃げ去ったとのことです。その場所がこの付近と伝えられていて、和田川の畔に碑が建てられています..
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呼子坂治承4年10月20日(1180年11月9日)の富士川の合戦に際し、源頼朝率いる源氏の軍勢がこの付近の高台一帯に陣を敷き、ここで呼子を吹いて軍勢を集めたことから、この呼び名が付けられたと伝えられています..