記事「静岡」 の 検索結果 9460 件
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引間城のなごり 浜松城内の古城つわものどもが夢の跡 今回は浜松城の前身ともいえる城跡の話です。 <引間城跡>ひくま 曳馬城跡(引馬城跡)と記された石碑です。かつてここには引間城と呼ばれる城がありました。 <浜松..
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秀吉にとってもゆかりの地・浜松(元城町東照宮の銅像)浜松城と聞いて思い出すのは徳川家康。そんな思いで訪問した現地で、こんな銅像と対面することとなりました。 左は家康として右の少年は誰? ここはかつての浜松城内に位置する元城町東照宮です。東照..
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高天神城のなごりつわものどもが夢の跡 武田勝頼と徳川家康が激しい争奪戦を繰り広げた城跡を訪ねました。 <高天神城本丸>たかてんじんじょう ■三方が断崖絶壁■ 高天神城は三方が断崖絶壁という天然の要..
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最後の改修者のなごり 高天神城の横堀今回は高天神城に残る長い横堀の話です。 <横堀>よこぼり この堀は徳川から奪い取った城跡を、武田勝頼が改修した時に掘られた横堀です。 <説明板> 武田による堀であることが記されて..
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城用語 御前曲輪 御前とは(高天神城 御前曲輪)要害の地に築かれた高天神城の本丸付近に『御前曲輪』と呼ばれる曲輪があります。この御前は、身分の高い武将に対する敬称ではなく、神仏を指すと受け止める方が適切のようです。曲輪とは城の区画のことですので、そ..
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荒々しい山城で出会ったほのぼのパネル武将(高天神城 御前曲輪)城主・小笠原信興のなごり武田と徳川による壮絶な争奪戦のなごりを留める高天神城。歴史的な重みに加えて、かなり特徴的な縄張りと見事な遺構、そして荒々しい山肌。それほど大きくはありませんが、城マニアをうならせる『中世の土の城』です..
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信玄でも落とせなかった山城を攻略した武田勝頼(高天神城)今回は偉大な父の跡を継いだ武田勝頼の話です。 ■武田家を滅亡させたイメージ■ 勝頼は武田信玄の息子であり後継者ですが、カリスマ武将の父との比較で、評価はあまり高くありません。武田家は勝頼の代で..
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犬戻り猿戻り(高天神城)横田甚五郎が抜け去った尾根道つわものどもが夢の跡 今回は天然の地形を巧みに活かした高天神城の険しい尾根道と、そこを駆け抜けた戦国武将の話です。 <甚五郎抜け道> ここは険しい山城の抜け道。細い尾根道が続き『犬戻り・猿戻..
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御前崎日曜日に行った御前崎・・・写真を何枚か撮ってきたので、アップします。昨日の写真をご覧になって、ハイラックスの隣に赤い86が写っていることにお気づきの方も少なくなかったでしょう。86はボーイスカウト仲間..
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大手門番所 掛川城大手門のなごりつわものどもが夢の跡 今回は城門と番所の位置関係が絶妙な掛川城の大手門の話です。 <大手門の外観> 威風堂々!立派です! ■復元された大手門■ 実はこの門の存在を事前に知ってい..
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掛川城のなごりつわものどもが夢の跡 山内一豊の居城として知られている掛川市の山城を訪ねました。 <山頂の復元天守> ■中世から始まる城■ 始まりは駿河の守護大名今川氏が、勢力拡大を目論んで築かせた山..
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欠川と呼ばれた川 掛川城下の逆川にてこの日は駅から徒歩で掛川城へ。まもなく到着というところで、橋を渡ることになりました。 <松尾橋> 山頂に築かれた掛川城天守閣が既に見えていましたが、しばしここで足を止めました。城好きなら当..