記事「香川」 の 検索結果 6810 件
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御棺台石香川県坂出市に鎮座する高家神社(血の宮)の境内にある六角形の石。崇徳上皇の御棺を八十場から白峯山へ御葬送の途中、高屋付近で天がにわかにかき曇り風雨雷鳴があったとのこと。葬送の列は御棺をしばらくこの地に..
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十三重塔香川県坂出市の白峰寺に至る150m程手前の参道脇に立つ2基の十三重塔。源頼朝が崇徳天皇菩提の為に建てた供養塔と伝えられていて、東塔は総高5.95mで弘安元年の刻銘があり花崗岩製で、西塔は総高5.62m..
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頓証寺殿坂出市の白峰寺境内にある崇徳上皇の御廟所で、鼓岡の御所(木の丸殿)を移築したものと伝わっています。崇徳上皇崩御後、度々都で変事が続いたため、上皇の霊を祀る御廟所が建てられ、速やかに迷いを断ち悟りを開く..
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白峰寺香川県坂出市の五色台の白峰中腹の標高280m付近にあるお寺で、四国八十八箇所霊場の第81番札所。弘法大師が弘仁6年(815年)、白峰山頂に如意宝珠を埋めて仏に供える水を汲む閼伽井を掘り、衆生救済の請願..
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白峰御陵保元の乱で敗れ讃岐の地に配流となった崇徳上皇は、8年後の長寛2年(1164年)8月6日に46歳で鼓岡で崩御されました。上皇のご遺体は白峯山稚児ヶ嶽の頂上で荼毘に付され御陵が築かれました。この御陵は四国..
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松山の津保元元年(1156年)7月、保元の乱に敗れ讃岐に配流となったた崇徳上皇は、最初に松山の津というところに着船したと伝えられていて、それがこの地とのこと。ここは現在は海岸線から1.8km程の距離になってい..
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三十六古戦場もとは松ヶ浦海岸と考えられるところで、白峰古戦場とも呼ばれています。正平17年(1362年)、南朝方の細川清氏は、白峰山麓高屋に兵を進めて北朝方の従兄弟でもある細川頼之の宇多津に対陣しました。しかし、..
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雲井御所跡崇徳上皇が国司庁の近くの鼓岡に移るまでの約3年間を過ごされた場所。上皇が都を懐かしがられ「ここもまた あらぬ雲井と なりにけり 空行く月の 影にまかせて」と詠まれた歌に因み雲井御所と呼ばれています。な..
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長命寺跡讃岐に配流となった崇徳上皇は、讃岐国府の役人であった綾高遠の館を改修して仮の御所とされたそうです。しかし、上皇の仮御所として自邸では不敬があると考えた綾高遠は、上皇をすぐ傍の長命寺に移されたと伝えられ..
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崇徳天皇姫塚崇徳上皇が讃岐に配流中、上皇を気付かった綾高遠は、自らの娘である綾の局に上皇の身の回りの世話をするように命じたと伝えられています。やがて、上皇と綾の局との間に皇子と皇女が誕生しましたが、幼くして亡くな..
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国府印鑰明神遺跡国府とは奈良時代頃に全国の国ごとに置かれた役所のことで、香川県は当時は讃岐の国と呼ばれ国府は讃岐国府と呼ばれていました。この地は讃岐国府の印(国印)と鑰(鍵)の保管施設があったとと考えられている場所で..
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椀塚崇徳上皇は讃岐に配流となり、鼓岡の木ノ丸殿で6年間過ごされたのち、長寛2年(1164年)に崩御されました。木ノ丸殿跡から程近い所に上皇がご使用になっていた食器類を埋めたと伝わる塚があり、椀塚と呼ばれて..