記事「人生」 の 検索結果 25723 件
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シーソーを降りる「いったい、私がどんな悪い事をしたのか」(マルコ14・61)。イエスは、十字架上で人々に問いかけます。 私の身代わりになって苦しむイエスを見て、「私と神」という視点を持ち込むことで、自分を離..
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神の視線で自分を見つめるもう一歩進めて考えれば、「相手のちょっとした言動に腹を立てている自分も、嫌っている人と似たり寄ったりの人間ではないのか?似たところがあるから敏感になっているのではないか?」と考えてみることです。 ..
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名画には光と影がある一人や二人、いやな人や許せない人がいると思います。いやな人の事を思い出すだけでも、心が汚れるみたいで、いやになる人も多いはずです。 反対に、愛する人、美しいものに出合うと、やさしい気持ちにな..
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盗まれなかった心(2)自転車を盗まれて、腹を立て、悲しくなり、クヨクヨしていたら、自分の大切な心まで盗まれたことになります。 あの中学生の女の子は、神様に祈ろうとしたとき、それに気づきました。そして、どうせ神様に..
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斎藤宗次郎の生き方(4)宮沢賢治は熱心な法華経の信者でしたが、若き日にキリスト教の影響を間接的に受けたことは否定できないでしょう。彼が作った「雨ニモ負ケズ…」を味わってみましょう。 雨ニモ負ケズ 風ニモ負ケズ ..
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斎藤宗次郎の生き方(3)こんな生活を二十数年間過ごしました。ところが、ある事情が生じて、生まれ故郷を捨てて、上京しなければならなくなりました。 朝一番の電車で故郷を離れる時、私を見送ってくれる人は誰もいないだろうと..
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斎藤宗次郎の生き方(2)これだけ悪い事が続けば、「やっぱり神様なんかいない!」と、信仰を捨ててもおかしくない状況です。けれども、齋藤宗次郎は、こういった苦難の中にあって、見えない神を見ながら、その信仰に留まりました。生き..
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雨ニモ負ケズ・・・斎藤宗次郎の生き方 (2001年7月8日ABCラジオ「信仰の時間」で放送) あけましておめでとうございます。まず、一人のキリスト信者を紹介したいと思います。 1877年に、岩手県の花巻..
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天国の最終試験7歳の子供が見た夢です。イエス様が生まれたクリスマスの意味を問い直す「いいお話」です。 わたしは天国で最終試験を受けるために集められた数人の子供たちと一緒にいました。そして、最終試験のための..
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仕事の中で神に出会う-「三本の木」を読んで私たちは三本の木と同じように、うんざりしたり、がっかりしたり、いやになりながら毎日を過ごしています。 嬉しい事や楽しい事もありますが、やがて過ぎ去ります。人生に何か大切なものを求めていたのに..
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神様のお役にたてて良かった!「三本の木」を読んで、あなたはどんな感想を持ちましたか? 幼い頃に、夢見ていた事、「私はスチュワーデスになるの!」「僕はパイロット!」「私は看護婦さん!」「僕は獣医になって、いっぱい動物の命..
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民話「三本の木」(3)何年も何年もたちました。三本の木たちは、自分たちが夢見たことなどすっかり忘れていました。 ある夜、一番目の木は、金色の光に照らされました。 一人の女の人が生まれたばかりの赤ん坊をえさ箱に寝..