記事「人生」 の 検索結果 25812 件
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ヨコの関係からタテの関係へ正しさよりも力の論理で動く社会では、理不尽なことがしばしば起こります。正義の立場から見ると、相手を裁くことが当然に思えます。ゆるすのは負けることを意味しているようです。 「私と他者」というヨ..
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ゆるすこと、愛すること先日、ある人から手紙を頂きました。次の言葉で締めくくられていました。「ゆるしの秘跡にあずかり(…)心はだいぶ軽く、波も立たなくなり、感謝の気持ちが湧いてきます。」 「ゆるす相手や事柄」は..
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相手が悪い時連日のように犯罪や事故の被害者の「ゆるせない」気持ちが報道されます。この人たちは、何の罪も落ち度もなく相手が悪いのに苦しまなければなりません。人は、なぜ相手をゆるせないのでしょうか。 実は、..
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シーソーを降りる「いったい、私がどんな悪い事をしたのか」(マルコ14・61)。イエスは、十字架上で人々に問いかけます。 私の身代わりになって苦しむイエスを見て、「私と神」という視点を持ち込むことで、自分を離..
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神の視線で自分を見つめるもう一歩進めて考えれば、「相手のちょっとした言動に腹を立てている自分も、嫌っている人と似たり寄ったりの人間ではないのか?似たところがあるから敏感になっているのではないか?」と考えてみることです。 ..
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名画には光と影がある一人や二人、いやな人や許せない人がいると思います。いやな人の事を思い出すだけでも、心が汚れるみたいで、いやになる人も多いはずです。 反対に、愛する人、美しいものに出合うと、やさしい気持ちにな..
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盗まれなかった心(2)自転車を盗まれて、腹を立て、悲しくなり、クヨクヨしていたら、自分の大切な心まで盗まれたことになります。 あの中学生の女の子は、神様に祈ろうとしたとき、それに気づきました。そして、どうせ神様に..
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斎藤宗次郎の生き方(4)宮沢賢治は熱心な法華経の信者でしたが、若き日にキリスト教の影響を間接的に受けたことは否定できないでしょう。彼が作った「雨ニモ負ケズ…」を味わってみましょう。 雨ニモ負ケズ 風ニモ負ケズ ..
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斎藤宗次郎の生き方(3)こんな生活を二十数年間過ごしました。ところが、ある事情が生じて、生まれ故郷を捨てて、上京しなければならなくなりました。 朝一番の電車で故郷を離れる時、私を見送ってくれる人は誰もいないだろうと..
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斎藤宗次郎の生き方(2)これだけ悪い事が続けば、「やっぱり神様なんかいない!」と、信仰を捨ててもおかしくない状況です。けれども、齋藤宗次郎は、こういった苦難の中にあって、見えない神を見ながら、その信仰に留まりました。生き..
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雨ニモ負ケズ・・・斎藤宗次郎の生き方 (2001年7月8日ABCラジオ「信仰の時間」で放送) あけましておめでとうございます。まず、一人のキリスト信者を紹介したいと思います。 1877年に、岩手県の花巻..
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天国の最終試験7歳の子供が見た夢です。イエス様が生まれたクリスマスの意味を問い直す「いいお話」です。 わたしは天国で最終試験を受けるために集められた数人の子供たちと一緒にいました。そして、最終試験のための..