記事「出雲」 の 検索結果 3048 件
-
久留米の高良大社「高牟礼」は高姫(下照姫、稚国玉)が居た場所。 高良山神籠石は素戔嗚尊(弥生時代中期後半)の築城か、大国主神(弥生時代後期前半)の築城だ。 高良大社が本当の出雲大社だ。 吉見岳には金毘羅社(事代..
-
金峰町の高良神社福岡県久留米市御井の高良大社は鹿児島県金峰町にも高良神社としてある。金峰町の弥生遺跡は福岡県の弥生遺跡と交流があった。それが高良神社でも筑後川流域と強くつながっていることがわかる。金峰町には南方神社も..
-
生石村主真人(万葉集355)と列石の朝鮮式山城生石村主真人(おひしすぐりまひと) 生石より福岡県三潴町の生岩の人である。 岩波書店 萬葉集索引 新日本古典文学大系別巻 人名索引 P439左 の「生石村主真人」の解説より、 生石は大石とも..
-
大国郷記紀万葉の出雲は島根県とは関係ありません。 福岡市の超有名な板付遺跡がある場所は古代の大国郷である。 平凡社の地名辞典 福岡県巻 で大国郷(P103下)の比定地は、 福岡市博多区上月隈・下月..
-
石川万之瀬川下流の加世田市宮原に小字の「石川」がある。 参照 角川の地名辞典 鹿児島県巻 巻末の小字一覧 岩波書店の萬葉集索引(新日本古典文学大系別巻)の人名索引 で石川(P435右~436..
-
志都 ②久留米市から瀬高町の小字で万葉集355の「志都の石室(いわや)」を探せば、 安武 住吉 石囘(まはり) 安武本 志埜恵 犬塚 壱町原 高天上 青木 下青木 志留天 三又 下林 志..
-
委奴国1970年前後から始まった邪馬台国論争は議論が出尽くした観がある? 畿内説で決着間近・・・ そんなことはない。仰天の委奴国説を呈示する。 委奴国は倭国の極南界にある。委奴国は薩摩硫黄島じゃない..
-
万之瀬川と万葉集354薩摩半島南部の万之瀬川下流の遺跡は環濠があるので国津神(大国主神、少彦名命ら)の遺跡である。つまり出雲国の領域である。 もしも仮に、金峰町の松木薗遺跡から出土した投弾が壱岐の原の辻遺跡から出土し..
-
志都の石室万葉集355によれば大国主神と少彦名命は石室に住んでいる。石室とは洞窟または岩窟だろう。岩窟に住んでいたのは土蜘蛛である。107年の「帥升ら」を大国主神と少彦名神とみれば、超ビッグな方々が建物の宮殿で..
-
出雲 ④万葉集の出雲は三島の黒島片泊である。 日本書紀の根の堅州国、国譲り後の出雲→池田湖の清見岳 万葉集の出雲→黒島の片泊 三島については『忘れられた島』(岩波写真文庫148 復刻版 ..
-
出雲 ③池田湖の清見岳には木の神に関する伝承があるようだ(平凡社の地名辞典 鹿児島県巻 P222上)。木の神は素戔嗚尊の子の五十猛神(1巻 P102)である。木の国→紀伊国。 素戔嗚尊は紀伊国→熊成峯→..
-
出雲 ②出雲を整理すると、 素戔嗚尊は浜田町を都にしていた。その後、根の堅州国である池田湖の清見岳に行って住んだ。 あるいは素戔嗚尊は皆倉から小浜の崖浜に居た。 黄泉国は泉津で池田湖・唐船狭の湧..