記事「古墳」 の 検索結果 1120 件
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京都の遺跡・・・松尾山古墳群の調査(松尾神社の御神霊は山頂の古墳か?)松尾山の古墳並びに月読神社山頂部の古墳を調査するべく、嵐山城跡を見たのちに苔寺への京都一周トレイルの山道を歩いた。嵐山の法輪寺南から登る山道は整備されていて登りやすい。登り口にもいくつかの群集古墳を見..
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京都紹介・・・後宇多天皇「蓮華峯寺陵」の長刀坂と山上にある長刀坂古墳群嵯峨野や梅ヶ畑には古墳がたくさん残っているが、あまり人が入らないところに長刀坂古墳群がある。調査に同行して古墳の森にすればよさそうな古墳群を観察することができた。平岡八幡宮から後宇多天皇蓮華峯寺陵へ向..
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京都市指定史跡「月読み神社境内」散歩3年の間、京都紹介をしてきたが、沖縄シリーズを終えたところで、今後は紹介の仕方を少し変えてゆきたい。西京区にある月読神社は現在松尾大社の境外摂社でその境内は京都市指定史跡となっている。説明は写真に委ね..
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京都紹介・・・前方後円墳の痕跡を残す外周路のある上ノ山古墳近辺平安京のできるまで、この地にはどういう人々が生活を営んでいたのか?民族移動の時代なので、多くの変遷があったのだろう。墳墓の作り方である程度の推測ができるので、調べればそれはそれを知る鍵という。山田葉室..
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京都紹介・・・月読神社奥にある松尾山古墳群古墳の現地調査に同行して、月読神社の奥にある谷を崖登りのようにして山頂にたどり着いた。記録にあるように、そこには石室のある大きな円墳が数基残存していた。道なき道を登るようなところなので、このような調査..
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京都紹介・・・西芳寺川上流にあるボウジョウ古墳群遺跡調査に同行させていただいて、京都に非常に多くの古墳が残されていることを知った。しかし、そのほとんどは崩壊しているか、取り壊されているのを見ることになった。西京区の苔寺横に流れる西芳寺川を苔寺からお..
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京都紹介・・・古墳を守るようにして佇む鳥居本「八幡宮社」古い神社に行くとかなりの場所で痕跡の残る古墳が見られ、社がそれを守るようにたたずむ姿をよく見かける。嵯峨鳥居本曼荼羅山の麓に八幡宮社があり、ここも昼なお暗い鎮守の森の中に社が佇んでいるが、その後ろや周..
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京都紹介・・・古墳の石室の上に建つ大原野にある霊気に満ちた長峰八幡宮神社はその地域の住民の先祖神を祀る氏神として長い歴史を見守り、また崇拝されて静かに佇んでいることが多い。祭神が誰なのかは、歴史の動きを残す年輪に刻まれる指紋のようにも想像してしまう。紅葉の時期には大勢..
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京都紹介・・・大枝の古墳群にある霊気に満ちた大枝神社と桓武天皇御母陵大枝の地は首塚大明神と同じようにこの地の先住豪族にかかわると思える古墳が数多く残っている。桂坂にある古墳の森もその群集墳として確認できるが、大枝神社にも古墳が残っており、この神社もそれを守るように神社..
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京都紹介・・・古墳の上に立つ老ノ坂にある霊気に満ちた「首塚大明神」国道9号線を亀岡に向かう老ノ坂トンネル手前の細い道を左に折れ、突き当りの旧山陰街道をまた左に行くと突き当りに首塚大明神がある。機会があって古墳調査と遺跡確認にグループでここを訪れ、霊気に満ちた史跡とし..
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京都紹介・・・古墳がいっぱいの京都の嵯峨野や太秦の地京都は古代より松尾から嵯峨野にかけては秦氏の勢力圏だった。桂川に堰を築き、嵯峨野を灌漑して豊かな農地を作り、生産力を高めた技術は京都に大きな影響を及ぼしただろう。権勢を誇る首長墓は嵯峨野や太秦に数多く..
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京都紹介・・・太秦に残る秦氏の首長墓とみなされる「天塚古墳(あまつかこふん)」天神川通り(国道162号線)三条を南に越え、嵐電踏切を渡ってすぐの西高瀬川沿いの通りを西に行くと、公園を過ぎた所にある駐車場入り口に清水山古墳跡の石碑が建っている。太秦の宅地開発で取り壊された秦氏関係..