記事「古戦場」 の 検索結果 403 件
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鉄砲池古戦場(岐阜県中津川市)←鉄砲池と解説板 鉄砲池古戦場は、1583年に苗木城主苗木遠山氏と金山(兼山)城主森氏との激戦地である。1582年の武田氏滅亡・織田信長横死後、織田氏配下の諸将による勢力争いが激しく行われた。翌8..
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女沼古戦場(埼玉県熊谷市)←古戦場の標柱付近 女沼の戦いは、南北朝時代に第2次畿内遠征を敢行した鎮守府大将軍北畠顕家と、足利義詮を奉じた上杉憲顕・高重茂らの鎌倉府の軍勢の戦いである。『太平記』第19巻によれば、1337年8..
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板櫃川古戦場(福岡県北九州市)←古戦場付近の現況 板櫃川の戦いは、大宰少弐・藤原広嗣の乱の時に広嗣軍と朝廷軍が激突した戦いである。『続日本紀』によると、740年、太宰府に左遷されていた広嗣は、全国で相次ぐ伝染病の流行や天災の発..
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須賀谷原古戦場(埼玉県嵐山町)←出土した五輪塔群の覆屋 須賀谷原古戦場は、山内・扇谷両上杉氏が戦った長享の乱の際の古戦場である。1486年に声望の高かった扇谷上杉氏の家宰太田道灌は、主君扇谷上杉定正の糟屋館で謀殺され、道灌死後..
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月岡野古戦場(富山県富山市)←古戦場跡の祠 月岡野古戦場は、1578年10月4日に織田方の部将斎藤利治が上杉勢方の椎名小四郎(長尾景直)・河田長親と戦って大勝した古戦場である。その経緯は津毛城の項に記載する。尾張・美濃の織田..
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神戸古戦場(長野県富士見町)←古戦場の五輪塔と解説板 神戸古戦場は、1528年に諏訪攻略を狙う武田信虎が諏訪頼満と戦った古戦場である。甲斐国内を統一した信虎は、1528年8月22日、蘿木(つたき)郷の小東に先鋒隊を進出させた..
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瀬沢古戦場・九ッ塚(長野県富士見町)←瀬沢古戦場の石碑 瀬沢の戦いは、『甲陽軍鑑』だけに記され、同時代史料には現れない謎の多い合戦である。1542年2月、信濃の小笠原・諏訪・村上・木曽の4大将は甲斐の武田信玄を攻撃しようと合議し、甲..
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乙事陣場(長野県富士見町)←現在の乙事原 乙事陣場は、1582年の天正壬午の乱の際、徳川方の七手衆が迫りくる北条勢に対して布陣した陣場である。武田征伐で短時日で武田氏を滅ぼし、その領国を併呑して得意の絶頂にあった織田信長で..
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安国寺門前古戦場(長野県茅野市)←安国寺の山門 安国寺門前古戦場は、甲斐の武田信玄が高遠頼継を破った戦いである。1542年、信玄は諏訪氏の家督を狙う高遠頼継や下社勢と結んで諏訪氏惣領の諏訪頼重を攻撃して降し、甲府で自刃させた。こ..
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巣伏古戦場(岩手県奥州市)←古戦場碑 巣伏の戦いは、蝦夷の族長アテルイ(阿弖流為)が征東将軍紀古佐美率いる朝廷の大軍を撃破した戦いである。『続日本紀』によれば、桓武天皇は789年、蝦夷勢力の拠点を制圧するため、紀古佐美を征..
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瀬原古戦場(岩手県奥州市)↑古戦場付近の景観 瀬原古戦場は、前九年の役の際の古戦場である。安倍軍の本陣は、北は鵜ノ木の稜線、南は毛越寺の稜線の間の衣川の全域であったとされる。1057年9月、安倍軍はこの本陣の中に源頼義..
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大島古戦場(山梨県身延町)←柵で囲われた古戦場の一角 大島古戦場は、甲斐に侵攻した駿河今川氏の部将福島正成率いる今川勢と、甲斐の武田勢が戦った古戦場である。1521年、今川氏親の家臣で遠州土方城(高天神城)主福島正成は1万..