記事「台湾古道」 の 検索結果 459 件
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八通関古道西段-20:バナイコ駐在所【写真説明】左写真は2014年撮影のバナイコ避難小屋。「八通関古道-6」に掲載の同小屋2006年撮影の写真と比較して欲しい。小屋自体は些かの変化も無いが、新しく橋が架かっていた。どちらの写真も..
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八通関古道西段-19:八通関駐在所-2【写真説明】左写真は旧古道と観高-八通関間の迂回道の出会いに立つ真新しい指導標。後方に聳える山は八通関山西峰稜線、迂回道は同写真に写る稜線上部を巻いている。中央写真は八通関駐在所跡(同写真右側..
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八通関古道西段-18:八通関駐在所【写真説明】観高~八通関の従来の古道に沿ったコースは、古道そのものの殆どが山腹崩壊で消失しているので、今は立ち入り禁止であるが、命と簡便さ(距離・落差・時間)を天秤に掛け、後者を選択したパーテ..
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八通関古道西段-17:観高駐在所-2【写真説明】観高駐在所遺構例を三枚紹介する。右写真は、ヘリポートの端、登山センター上部に立派な階段が残っていたのだが、撮影の角度が悪く判り難いのが残念。これ以外にも塹壕跡、鉄条網等が遺構として..
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八通関古道西段-16:観高駐在所【写真説明】左写真は、東埔側を背にして撮影した観高坪。同写真左側に観高駐在所、観高登山センターへの降り口がある、東埔側に向かって撮影した観高坪の写真は「郡大山-6」に掲載。中央写真はその観高坪..
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八通関古道西段-15:対高駐在所【写真説明】左写真は対高駐在所跡全景。台中から来たと謂う英語学校のインストラクター三人が野宿の後片付けをしていた。中央写真は、セメント塗の床、駐在所遺構と思われるが、或いは戦後のものかもしれな..
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八通関古道西段-13:ラクラク駐在所【写真説明】ラクラク駐在所の跡を襲った楽々山屋の三枚。左写真は古道中のラクラク駐在所への上がり口、当時の雰囲気をいまだに強烈に残す。実は同山屋は『台湾百岳』「八通関大山-3」でも写真掲載、違い..
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八通関古道西段-12【写真説明】まず、最初の崩壊地が、東埔温泉登山口→三聖宮愛玉亭→畑を登り切り、著名な父不知子断崖(父子断崖)展望台に至る陳有蘭渓と沙里仙渓出会い上部である。過去より崩壊を繰り返し登山道も同時に..
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パイワン族秘道-69:ダラダライ社(現屏東県三地門郷達来村)-2【写真説明】旧社の案内板に依ると、ダラダライ社から達来村への移遷は五回に渡って行われ、最後は1989年~1991年に掛けてであったそうだ。左写真は、旧社内の通りの一つ。中央写真並びに右写真は残..
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パイワン族秘道-68:ダラダライ社(現屏東県三地門郷達来村)-1【写真説明】左写真は現在の達来村の最上部にある教会の駐車越しに隘寮北渓並びにその奥の北大武山の俯瞰。中央写真は現在の達来村側の指導標の一つ。右写真は、新旧ダラダライ社を結ぶ達来吊橋を旧社側岸か..
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淡蘭古道-21【写真説明】左写真は台湾鉄道頭城駅前の「開蘭第一城」の石碑。その意味は本文記事参照。中央写真は頭城市街地内のアーケードと「亀山朝日」の写真。右写真は、頭城老街内で見付けた。
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淡蘭古道-20【写真説明】左写真は北宜高速公路(高速道路)石碇高架橋下に立つ淡蘭古道を含む指導票。中央写真は、この高架橋下に並ぶ古道散策に訪れた車の列。右写真は高架橋に掲示されているプレートの一枚。この石碇..