記事「小日向定次郎」 の 検索結果 38 件
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『不信者』10/34彼は鐙を踏んで立つた──顏には何か恐怖の色が見えた。 恐怖の色は間もなく憎惡の色に變つた。 氣味の惡い程白いのが憂欝をそへる 墓の上の大理石のその蒼白な色だつた。 眉は顰められ、眼..
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『不信者』11/34あの時は過ぎた、あの不信者は居なくなつた。 彼は逃げたか、或は獨り戰ひ死んだか? 彼が來た時、或は去つた時、その時が禍なのだ。 ハツサンの罪の爲に宮殿を墓に變へるべく 呪詛が送られた..
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『不信者』12/34その泉を滿した流れは涸れて 彼の心を温めた血は流されてゐるのだ。 そして此處では怒り、悔ひ、興じ悦ぶ 人間の聲は最早聽かれはしなからう。 風が孕《はら》んで傳へた最後の悲しい響は ..
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『不信者』13/34來る人の足音が、聽へはするけれども 人聲は一つも私の耳に入つては來ない。 だんだん近付くと、頭巾が一つ一つ見えるし 銀鞘無鍔の長釼が眼につく。 その一隊の最先に居る人の着てゐる服裝..
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『不信者』14/34東洋の春の昆虫の女王が その紫の翅を擴げて、カシミーアの、 鮮綠《えめらるど》の牧場の上を起ち舞ひながら 年若い追ひ手を誘《おび》き寄せて 花から花へ、伴れ廻り、引つ張り廻はして ..
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『不信者』15/34色黑いハツサンは妻妾の部屋には寄りつかず 女には眼を向けもしない。 爲慣れない狩りに時を使つてゐながらも 狩り人のその歡喜を頒《わか》つこともない。 彼の宮殿にレイラが住まつてゐた..
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『不信者』16/34レイラの眼の黑い魅力を話しても効はあるまい。 だが、羚羊の眼をじつくり眺めて見たら それがお前の想像の助けになるだらう。 その羚羊のやうな大きな眼、惱ましくも暗い眼、 だが、じやむ..
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『不信者』17/34嚴格なハツサンは二十人の家來を伴ひ 一路の旅に出て、家來はそれぞれに 火繩銃と、無鍔の長劍を携へて 壯士に最も似つかはしい武裝をしてゐた。 先を行く首領もまた武裝をして 劒帶に..
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『不信者』18/34その一行は遂に松林のあるところへ着く。 「びすみら! もうだいじやうぶ、危險はないぞ。 廣々とあすこに平野が見えるではないか、 拍車をかけて、大急ぎにいそがうよ」 軍曹はそう言つた..
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『不信者』19/34一潟千里の勢いで川が眞黑くなつて 直押しに大洋へ流れ込んで行くやうに それに對抗して、潮が動いて 昂然と青柱を立てて、光つて 川の流れを撃ち返すこと數十尺、 泡を捲き沫を疊んで..
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『不信者』20/34軍刀は柄元まで碎かれてはゐるが 彼が流した血に滴りながら 不忠な刄を周つてぴくぴく動いて その切り離された手にしつかりと握られてゐる。 遙か後方に彼の頭巾は轉がつてゐて 最も堅..
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『不信者』21/34草を食む幾頭の駱駝の鈴が鳴つてゐる。 ハツサンの母は高い格子窓から眺めて 眼下の青々とした牧場に撒かれたやうに 夕の露が置かれてゐるのを彼女は見たし 微かに瞬いてゐる星屑も見た..