記事「教育」 の 検索結果 18656 件
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大学付属植物園例によって、ストラスブールの街で短い夏をすごした。 宿の目の前は大学付属の植物園。 昼間、自由に散策することができる。 Freeとは、入場無料と言う意味である。 ひとつひとつ学名をつけた札..
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授業の記憶 18 繰り返すことの効用結局、自分でやっていくほかないのだと思い決めたときから、「繰り返し」はその方法論のひとつになった。 だから、これは、自分自身への授業 についての一文である。 と、ここまで書いて、内部保..
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ブロコリの調理は僕がやる13歳の少年は好き嫌いがはげしい。 父親はなんでもおいしそうに食べ、家族の残したものを最後までさらって食べている。 いつもそうらしい。 一昨日、外で夕食をとったときには、予め希望を聞いておいたの..
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授業の記憶 17 夏の学校戦前の高等教育は高等学校における語学教育および一般教育、そして大学における専門教育に分かれていた。戦後30年ほどの間、古いタイプの大学に存在した教養部は、この名残であったろう。 この教養部のころ..
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学生生活のスタイル 7 詩をよむいまの若い人々がどれほど詩を読んだり、書いたりしているのか、わからない。 しかし、歌の詞、ということになれば、日常なじんでいる人の割合はかなり高いだろう。 The Boom というグループの..
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授業の記憶 16 丘の上の文化村4歳の終わりごろ移り住んだ土地は今考えれば不思議な地域であった。 日本が戦争に負けて教育制度の大きな改変があり、その結果新たに作られた「新制大学」に赴任してきたスタッフが、官舎を与えられて郊外..
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授業の記憶 14. 「ゆっくり、でも着実に」いま、この場で覚えていられるのは、せいぜい30秒、5から6チャンク(単位)までであるという。私自身についてみると、このチャンク数はもっと少ない気がする。ウロウロ、ノロノロしていて、必要な事柄のあれこ..
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学生生活のスタイル 4. 異国で学ぶ「桜井よしこ 「何があっても大丈夫」 について」について ジャーナリスト桜井よしこさんの自伝的回想記「何があっても大丈夫」は、アメリカで学生生活を送ろうという若い人にとっても示唆に富む。 桜井さん..
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学生生活のスタイル 1. 新入生!仕事のスタイルとて、何か確立したものがあるわけではない。 まして、学生生活のスタイルなど。 いつも迷走しているだけだ。 学生時代に撮った証明写真を並べてみると、とまどいと、迷いが表れているようで..
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「授業」の記憶13 老母の恋その先生は大学院の演習で、ひととおり予定を終えると、少し話の寄り道をして時間を過ごした。 そして、そのような「話の寄り道」のほうが、なぜか心に残った。 あるとき、先生ご自身の人間観察の目が母親..
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「授業」の記憶 12 自然の理(ことわり)に支えられた・・・中学に入って最初の学年担任は20代終わりの理科の先生だった。 大学では生物学を修めた方で、生物の解剖、物理の実験、すべてが専門的で、本格的な観察をさせ、それに基づく練り上げられたレポートを要求し..
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「捨て目」という知恵そのときは何の役に立つかも分からずに見ておく、それがあるときとんでもなく大きな意味を持ってくる。 こんなことに対応した「捨て目」という言葉があるのだという。 「わたし、いいこと聞いちゃった!..