記事「東京」 の 検索結果 67036 件
-
サントリーホール東京都港区赤坂にある、東京初のクラシック音楽コンサート専用ホール。 大ホールは舞台後方にも客席があるヴィンヤード型ホールで、本格的舞台 装置や背景を必要とする伝統的なオペラやバレエは上演できない構..
-
遍奇館跡現在の東京都港区六本木の、作家永井荷風が大正9年(1920年)から 昭和20年の空襲で焼けるまで25年間住んだ所。偏屈な変わり者を自認 し、ペンキ塗り木造2階建ての洋館をもじって偏奇館と命名したそ..
-
山形ホテル跡東京都港区六本木の東京メトロ南北線六本木一丁目駅から程近い所に ある山形ホテルの跡地。ここの近くに永井荷風の住んでいた偏奇館があり、 永井荷風はお客をこの「山形ホテル」に食事に連れてきたとのことで..
-
日本国憲法草案審議の地東京都港区六本木のMFPR六本木麻布台ビルの脇にある記念碑。 戦後この地に外務大臣官邸があり、そこで連合国軍総司令部と日本 国政府の間で日本国憲法草案について審議が行われました。
-
なだれ坂東京都港区六本木にある六本木通りに向かって北に下っていく長い坂。 この坂は地元の住民の間では「なだれ坂」ではなく、専ら「ながたれ坂」 と呼ばれていたそうです。
-
丹波谷坂東京都港区六本木にある坂。元和年間に旗本岡部丹波守の屋敷ができ、 坂下を丹波谷といったそうです。明治初年にこの坂を開いたとき、谷の名 から、坂の名を丹波谷坂としたとのことです。
-
寄席坂東京都港区六本木の六本木通りから上っていく坂。坂の途中の北側に、 明治から大正3年にかけて、福井亭という寄席があったために、寄席坂 とよびならわすようになったとのことです。
-
南部坂東京都港区赤坂の米国大使館宿舎脇を西北に上り、左折して氷川神社の ほうに上る坂。「忠臣蔵」の名場面のひとつ、大石良雄が瑤泉院に暇乞いに 訪れた「南部坂雪の別れ」の舞台としても知られています。
-
転坂東京都港区赤坂の赤坂氷川神社の傍の氷川坂から赤坂氷川公園の方に 上る坂。江戸時代から道が悪く、通行する人たちがよくころんだために呼ん だそうです。一時盛徳寺横の元氷川坂もころび坂と呼んだそうです。..
-
勝海舟邸跡東京都港区赤坂の本氷川坂の下にある勝海舟邸跡。勝海舟は、安政6年 (1859年)から明治元年(1868年)までをこの地で過ごし、文久2年 (1862年)12月、坂本龍馬が勝に面会するために訪れたの..
-
本氷川坂東京都港区の赤坂氷川神社の西側を通る坂。以前、坂の途中の東側に 本氷川明神があったのが坂の名の由来だそうです。その本氷川明神は 明治16年(1883年)4月、赤坂氷川神社に合祀されたとのことです。..
-
浅野土佐守邸跡元禄の頃に浅野土佐守の屋敷があった処。浅野内匠頭が切腹した時、夫人の瑶泉院はここ実家の浅野式部小輔長照のところに引き取られ、以後正徳4年(1714年)に死去するまで、この地で幽居していました。