記事「東京」 の 検索結果 67037 件
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公春院東京都荒川区南千住にある浄土宗のお寺。このお寺の境内には、 周囲4m、高さ14m、樹齢500年の松があったそうです。この松は、 「証拠の松」と呼ばれ、お寺の古さの証明に使われたそうです。
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池田屋敷寛文元年(1661年)から幕末まで、旗本池田播磨守の屋敷がここにあり、 当時はここに、16000㎡の屋敷と隣接して抱屋敷があったとのことです。 現在は、明治通りの南側、荒川区東日暮里1丁目になって..
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かっぱ河太郎像東京都台東区の合羽橋道具街90周年を記念したシンボル像。合羽橋道 具街は、明治末期から大正初期にかけて形成されてきました。新堀川など の掘割工事を手伝ったと伝わる河童伝説に因んで作られたとのことで..
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永昌寺東京上野にある浄土宗のお寺。肥前藩主松浦壱岐守の妻、永昌院が開基 であるための寺号であるとのことです。明治15年に加納治五郎がここに講 道館の最初の登場をを設立し、講道館柔道発祥の地となっています..
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下谷神社東京都台東区上野に鎮座する、大年神、日本武尊をご祭神とする神社。 元は、不忍ヶケ岡にありましたが、寛永寺造営時にこの地に移転したとの ことです。寛政10年に江戸で初めて寄席が行われた地でもあるそう..
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東叡山寛永寺天海大僧正が江戸城の鬼門にあたる上野の台地に建立した寺。東の比叡山 という意味で東叡山、寛永2年(1625年)の建立ということで寛永寺。かつて は、現在の上野公園一帯に寺領を持った大寺院でした。
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黒門跡戊辰戦争の一つである上野戦争の激戦地。彰義隊の立て籠もった上野 寛永寺の黒門があったところで、上野の山の正面口にあたる此処で激戦 が展開されました。当時の黒門は、円通寺に保存されています。
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大原重徳の墓大原重徳は、幕末・明治期の公家。文久2年(1862年)、島津久光と共に 江戸に下向した大原重徳は、勅使として幕府に強く迫り、朝廷の意向を幕 府に飲ませました。墓は、谷中霊園にあります。
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井上正鉄の墓井上正鉄は、江戸時代後期の神道家。江戸幕府の滅亡を予見したため、 天保14年(1843年)に三宅島に流罪。三宅島で亡くなりましたが、墓は 東京都台東区の谷中霊園にあります。
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C11 292号JR新橋駅前のSL広場に展示保存されている蒸気機関車。昭和20年 (1945年)に製作され、主に中国地方のローカル線で活躍しました。 鉄道100年を記念して、日本鉄道発祥の地に設置、保存されていま..
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鉄道唱歌の碑JR新橋駅の汐留口を出たところ、機関車C-58の動輪の隣にある歌碑。 鉄道唱歌は、新橋から神戸までの車窓の情景を66番までの歌にしたもの。 最近ではこの場所は、待ち合わせ場所として使われ始めている..
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南極観測船 宗谷日本の初代南極観測船で、6次にわたる南極観測で活躍しました。戦前 は日本海軍の艦艇で、現存する数少ない旧日本海軍艦艇でもあります。 現在は、東京お台場にある「船の科学館」で、一般公開されています。..