記事「東日本大震災」 の 検索結果 11588 件
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幾度読んでも――震災の下、幼子憐れで「生きているといいね ママ お元気ですか」――この言葉を目にし、その寝姿を想い起すごとに涙が止まらない。 元日の新聞に昨年皇后さまの詠まれた歌があった。 「生きているといいねママお元気ですか」..
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思いがけずアジサイに会う――観音様のお導きことしはもう,アジサイを撮影することはないだろうとあきらめていた。時期が遅い。去年の真夏を思い起こすほどのここ幾日かの暑熱の下,アジサイの花はしおれているにちがいない。 それに,花を撮るために暑..
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IKEAにて――古くて新しい“プチブル”この時勢にあって、こんなに平和であることは許されるのか――。〔IKEA港北店〕のレジを抜け、振り返り見て思った。商品が天井まで整然と積まれている。気の遠くなるほどの量と充実感。その前を、驚くほど多くの..
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犠牲者追悼――新聞の一覧から大槌町。岩間タエ79。岩間サダ78、岩間勉76。岩間真由美48。はじめのお三方はご姉弟だろう。歳の近い三人、いっしょに住んでいらしたのだろうか。真由美さんはそのどなたかの娘さんか。お一人くらいは体の具..
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「緑の迷彩服の姿を見た時…」――東日本大震災 陸自日誌14(読売新聞)から原発反対を叫んで「我々労働者に政治をまかせろ」と女が気炎を上げていた。鼻くそにも劣るガキの遠吠え。雨の横浜関内大通公園、ご苦労なことに数人の警官が雨合羽を着て見張っていた。右翼の襲撃に備えるものだった..
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「おれ、自衛隊に入る」――東日本大震災 陸自日誌8(読売新聞)から少年のまっすぐな、純粋で、悲壮な心に涙を誘われた。亡き父を思い、自分たちの生活を、自分の将来を思い描いた末の決心に。 「宮城県気仙沼市の大島という離島に行きました。島を歩いていると、『おれ、自衛..
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うちひしがれて――心中、余震未だ絶えず休日。たまった新聞を読んでは泣きつづけている。 天皇皇后両陛下の広く温かく慈愛にみちたおことばと、なさりように。スティービー・ワンダーがトモダチ日本を励まし、誇りを思い出させてくれる心に..
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節電節水、何のため今朝、4月24日付読売新聞の「編集手帳」に、自宅の電気使用量が昨年より2割少なくなったとあった。そこで、先週ポストに入っていた我が家の4月の使用量通知を見てみた。 101kwh(33日間)で、昨..
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新緑と瓦礫若葉が開ききった欅の枝が、強風強雨にあおられていた。 やわらかな枝は、風にさからうことなく、吹かれに吹かれているが、立て切ったガラス戸の外の音は聞こえない。 すがすがしい新緑の波が目を愉し..
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節電、いいぞ!――とばかりは言っていられずあの日以来、東日本で生活する者の行動は、いやがうえにも不便を強いられている。 停電と節電の日々。停電など、ここ何十年も体験していない。最後がいつだったか、記憶もない。 (「計画停電」に関し..
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若者よ階段を上れ――東日本大震災 第7報地下鉄のエスカレーターが使えなくなったことにより、壮年・青少年の、いままでのひ弱で軟弱な“歩かない生活”が正されることになった。 私立学校が複数校ある、或る駅のエスカレーターでは、生徒たちが左側..
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自粛のご時世――花見始末記花見の時期が目前に迫ってきた。横浜でも暖かい日が続き、ソメイヨシノが咲きはじめている。 常の年ならば上野公園、千鳥ヶ淵、浅草公園等などに人々が集い、打ち興ずる画面が7時のニュースで流れるところ、..