記事「歴史」 の 検索結果 41239 件
-
「木に学べ 法隆寺・薬師寺の美」西岡常一棟梁が最後の宮大工と云われる理由は、この本にも語られている。 本書は西岡棟梁からの聞書きである。 法隆寺の宮大工の口から大和弁で語られる内容は、分かりやすく、胸のすくような..
-
「北越雪譜」の世界 塩沢宿にて牧之通りで周遊バスを降りた。 「牧之通り」と呼ばれているのは、塩沢宿の旧三国街道である。 この五月に「雁木通り」として整備されたばかりだ。 関東と越後を結ぶ三国街道は、高崎で..
-
雲洞庵の土踏んだか 曹洞禅の名刹塩沢に来た目的の一つがここ雲洞庵だった。 塩沢駅前からタクシーを走らせること10分ほど。 南魚沼の米どころはほぼ刈り入れを終えていた。 残る黄金色の田は晩生のもち米だろうか。..
-
フォッサマグナを歩く平岩駅で叔父夫婦と落ち合って、フォッサマグナの西縁部、糸魚川―静岡構造線(略して糸静線)に沿ってあらわれる断層面を案内してもらうことになった。 フォッサマグナはラテン語で「大きな溝」..
-
金沢散歩街路樹の美しい町だ。 金沢に住む伯母と従兄弟に会った後に、兼六園シャトルバスに乗った。 石川四高記念文化交流館を訪ねるつもりで、香林坊で降りたが、一瞬方角を見失った。 金沢の..
-
黄金色の秋 蒲原平野北方文化博物館の西の中門から屋敷地の外に出た。 野外ステージの設けられたイベント広場を抜けると、駐車場の向こうは目路の限り、稲穂の波であった。 瞬間、この風景を見に来たのだという思..
-
お寺のもよう替え 大榮寺「今、修行僧が9人来ていますよ」 宿の方が教えてくれたので、朝食前に大榮寺まで歩いてみることにした。 この辺りは沢海城の城下町で、町割りなどに江戸時代の名残をとどめている。 「横..
-
北方文化博物館 三楽亭・集古館新津市街の北方、阿賀野川西岸に沢海(そうみ)の集落がある。 大河は、蒲原平野を蛇行しながらさらに17kmほど流れ下り、やがて日本海に達する。 左岸の堤防を下って行くと、越後屈指の大..
-
北方文化博物館 本館駐車場にぽつんと立つイチョウに銀杏が鈴生りだった。 その日の宿となる大呂菴にリュックを預けた後、改めて「北方文化博物館」の土蔵造り門を潜った。 竹林の根もとに、小さな五輪塔や石仏な..
-
蒲原平野へ・・・ 豪農の館を訪ねる長い長い関越トンネルを抜けると、そこはもう雪国・湯沢だけれど 夏が終わったばかりのこの季節にその実感はない。 豪雪地帯の魚野川沿いの田はほぼ刈取を終えていたが、数日前までは一面、..
-
「ポスト消費社会のゆくえ」(辻井喬・上野千鶴子対談集)を読んでセゾングループ代表だった堤清二と、「セゾングループ史(全6巻)」の編纂に参加した上野千鶴子との対談集である。 「セゾングループ史」は、執筆を外部の研究者に依頼し、一般向けの図書として..
-
琥珀の中で見る夢は・・・古代には、バルト海から地中海に至る「琥珀の道」が知られていたという。 猛暑が一向に去らない晩夏のある日 N子さんから、小さな蝶が閉じ込められた琥珀のペンダント・トップを見せても..