記事「歴史」 の 検索結果 41177 件
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探険家の歴史 第2部最終章 ナイル河の旅 その6 スーダン南部牛と共生生活を送るディンカ族 ↑(問題は最後ダヨ、) スーダンは現代アフリカの縮図であり、とりわけ南スーダンはその典型と言える。 それは、誰もが連想する貧困、飢餓、..
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松前街道をゆく(2014年の旅) その9 蝦夷共和国のこと12月15日、蝦夷地を平定した旧幕府軍は箱館政権を樹立、この政権は蝦夷共和国と俗称された。 しかし榎本らは「蝦夷共和国」と名乗ったことはなく、また独立主権国家たると宣言したわけでもない。 総..
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その27 切通し四箇所を歩き、鎌倉五山の全てを歩く次に建長寺の鎌倉街道を挟んで向かい側に建っている円応寺を見学した。 ここは閻魔大王を本尊としているユニークな寺である。 この寺を出て、鎌倉街道を鶴ケ丘八幡宮の方向に歩いて行く。 鎌倉には山道..
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最上川と「おくのほそ道」の旅 その28 上杉家廟所を歩く続いて、歴代藩主の墓である赤②の上杉家廟所である。 樹齢400年を越す老杉の奥に、厳粛な空気に満たされて御廟所はあった。 上杉景勝公が亡くなった1623年より上杉家の御廟所..
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東京散歩Ⅱ その18 スカイツリーに初めて会う両国のホテルまでの帰路をどう帰ろうか迷ったが、葛飾柴又駅の駅員に教えてもらって、京成高砂駅と浅草橋駅の2回の乗り換えで済ませて、午後4時過ぎに無事両国へ戻った。 ホテルに着くと、350mlの缶ビール..
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「オホーツク街道」の旅 その28 紋別で、流氷の天使「クリオネ」と対面する。オムサロ遺跡から次の目的地である紋別市のオホーツクタワー近辺へは距離にして15km程度、国道238号線を20分程度走行して、そこに到着した。 紋別市は明日行く予定の網走市と並んで、冬の流氷観光..
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津軽街道をゆく(2013年の旅) その11 太宰の宿「ふかうら文学館」にて深浦町の散策の次の目的地は秋田屋旅館である。秋田屋旅館は、今はふかうら文学館として一般公開されている。 文学館へ向かって、太宰が「何かあきらめた、底落ち着きに落ち着いている」とその印象を..
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近江街道をゆく その29 彦根城下を散策ガイドと別れ、これから城下町を散策ということになるが、まず赤字1の四番町スクェアで昼食、それから赤字2、3、4の順に街を廻る。 四番町スクェアは彦根市場商店街が前身で、商店街の再開発を策定し..
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動画 長州路 瑠璃光寺五重塔 Ⅱ、瑠璃光寺五重塔 Ⅲ瑠璃光寺五重塔 Ⅱ 瑠璃光寺五重塔 Ⅲ
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金沢紀行 その3 「金沢文芸館」にて次に歩いたのは、兼六園の北東に位置する浅野川の両岸である。 具体的には、浅野川左岸の浅野川大橋付近の「主計町茶屋街」と、浅野川右岸の浅野川大橋から梅の橋までの広がりを持つ「ひがし茶屋街」であ..
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歴史・地理雑学 日本という呼称の起源について言語の歴史は人類の起源ほどにはわかっていないらしいが、人類の移動・拡散に伴ってどんどん数を増やしていった言語の数は、かって1万種以上もあったということだ。 それが文化のグローバリゼーション(..
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松前街道をゆく(2014年の旅) その8 箱館戦争(旧幕府軍、蝦夷地制圧)蝦夷地は幕藩体制下では「異域」とされ異国に等しい存在であったため、日本の版図としては認識されていなかった。 一連のロシア南下の脅威により、幕府内ではこれまでの「蝦夷地=異域」という見方から、蝦夷地は..