記事「歴史」 の 検索結果 41188 件
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能登(日本道)への道 その27 揚げ浜式塩田揚げ浜式塩田は、白米千枚田から車で7~8分程の、黄矢印地点の三ツ子浜海岸にあった。 この塩田が始まるあたりから、国道249号線は塩街道や塩の道と呼ばれて、街道沿いには揚げ浜式の塩田が何か所か..
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能登(日本道)への道 その26 白米千枚田にて白米の千枚田は能登半島随一の人気スポットで、輪島市の中心部から国道249号線を約15分ほど走って、黄矢印の千枚田に到着した。 なぜ白米千枚田と呼ばれているのかだが、通説は数が多いということで..
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. 動画 大阪散歩 堺・紀州街道https://youtu.be/zKqijI5K1RA
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東京散歩Ⅱ その26 江戸東京博物館を見学 その2江戸時代の町人の生活を特徴づけているものに長屋がある。 50万~60万程の江戸の庶民(町人)は、江戸全体の13%程の土地にひしめき合って暮らし、その7割以上の人々が長屋で暮らしていた。 ..
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東京散歩Ⅱ その25 江戸東京博物館を見学 その1午前10時を10分程過ぎて、今日の日程の中で一番楽しみにしていた江戸東京博物館に入った。 江戸東京博物館は墨田区横網にある東京都立の博物館で、両国国技館に隣接している。 失われていく江..
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能登(日本道)への道 その25 總持寺祖院散策これから總持寺祖院に向かう。 かつては曹洞宗の大本山「總持寺」として末寺1万6千余りを数えていたが、明治31年に火災にあい、それを機に本山の機能が横浜市へ移転、移転先が「大本山總持寺」となり、能..
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能登(日本道)への道 その24 総持寺祖院に到着福良港をあとに、これから能登半島の西海岸を輪島まで北上するが、最初に巌門に向かった。 ここを降りていく。 巌門は、能登半島国定公園に指定されている能登金剛の一部である天然の洞窟である。 ..
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東京散歩Ⅱ その24 北斎通りを散策都営大江戸線両国駅を超え、北斎通りを歩いている。 北斎とは、江戸時代後期に富嶽三十六景や北斎漫画を描いた世界的に著名な浮世絵師の、あの葛飾北斎のことである。 北斎生誕の地がここにあるので..
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東京散歩Ⅱ その23 旧安田庭園を散策夕食はJR両国駅ガード下に店を構える全国チェーンの「熱烈中華食堂日髙屋」で食べた。 食べたのは、旅先で食事とするのに適当な肉と野菜の両方がしっかり入った肉野菜炒め定食で、ここのは期待に違わず..
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能登(日本道)への道 その23 渤海の話Ⅲ日本との交易のために渤海が整備した道が中国の歴史書にも記されている「日本道」である。 「日本道」は上京の都を出て、そこからロシア沿海地方に出て日本海を渡るルートである。 渤海使が船出した..
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能登(日本道)への道 その22 渤海の話Ⅱこれからロシアに200箇所以上ある渤海の遺跡の一つを、ロシアのウラジオストク郊外まで訪ねていく。 最初に向かったのが、渤海時代の山城の跡である。 ここは山城の跡で、山城は4mの石垣で囲ま..
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能登(日本道)への道 その21 渤海の話Ⅰこれからは渤海の話となる。 渤海は、西暦698年から926年まで、今の北朝鮮と中国東北部とロシア沿海州の一部を領土として、228年もの長い間栄えた国である。 日本の時代では飛鳥・奈良・平..