記事「歴史」 の 検索結果 41188 件
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能登(日本道)への道 その4 石川県立七尾美術館で長谷川等伯展を見学山の寺寺院群をさわりだけ散策して、これから石川県立七尾美術館に向かって歩いていく。 靴の調子も心配しながら、その後20分以上歩いて七尾美術館に到着した。 七尾美術館は..
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東京散歩Ⅱ その5 谷中銀座を散策、児童遊園で昼食午後から谷根千を歩く旅となるが、その前に谷中銀座の適当な店で昼食を食べようと、谷中霊園から15分程歩いて、谷中銀座前にある夕陽の名所となっている「夕焼けだんだん」まで来た。 この坂の..
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大阪散歩 その24 「大ヶ塚」を歩くこれから、司馬さんの「街道をゆく 河内みち」の世界を散策するが、まず赤字1の「大ヶ塚」、次に赤字2の「観心寺」、更に赤字3の「広川寺」、最後に赤字4の「高貴寺」に行く。 最初に赤字1..
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東京散歩Ⅱ その4 「東京都谷中霊園案内図」を手に、谷中霊園を歩くこの後谷中霊園管理事務所に行き、「東京都谷中霊園案内図」をもらった。 この案内図にはNO1の天津乙女からNO75の鏑木清方まで75人の有名人の墓碑の位置が紹介されている。 徳川慶喜..
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近江街道をゆく その24 近江八幡ステーションホテルから彦根城へこれから近江八幡まで行く。 近江八幡の近江八幡ステーションホテルで5泊し、彦根・湖東、近江八幡・東近江、紫香楽・甲賀などをじっくりと散策する予定となっている。 長浜から近江八幡まで40km程..
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近江街道をゆく その23 姉川古戦場跡で小谷城跡から20分ほど走って、滋賀県北東部の旧浅井町(現長浜市)の「浅井三姉妹の郷」で昼食とした。 本駅は2016年3月にプレオープンし、僕がここに立ち寄ったのはこの期間で、2017..
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近江街道をゆく その22 小谷城跡を歩く国友から小谷城跡に向かった。 戦国時代、「近江を制するものは天下を制す」といわれたほど、近江は天下を左右する重要な位置にあり、数多くの戦乱の場となり多くの城郭が築城された。 小谷城は長浜市..
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能登(日本道)への道 その3 山の寺寺院群のさわり部分を散策小丸山公園を出て、七尾の街をどう歩こうか思案していたが、初日はいつもの履き慣れた靴の代わりに、主に肉体労働をする人たちのための商品を扱っている店から安くて丈夫な靴を使って歩いていたが、どうもこの日は..
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東京散歩Ⅱ その3 谷中墓地で「最後の将軍-徳川慶喜」に会うこの徳川慶喜の墓が谷中墓地にあり、寛永寺から10分ほどの距離だという。 谷中墓地に入ってから、その辺りにいた元気のいい半ズボンのおばあちゃんに案内されながら歩き、この案内矢印の場..
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近江街道をゆく その21 鉄砲の里国友を歩く寝物語の里から40分ほどかけて、長浜市南部の姉川沿いにある鉄砲の里で有名な国友町に入り、そこの資料館前に車を留めた。 国友鉄砲の里資料館は滋賀県長浜市にある博物館で、戦国時代から江戸..
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能登(日本道)への道 その2 前田利家の小丸山城散策今日は七尾まで到着することを最優先していたので、午後からの日程はかなりいい加減で、出発前日に前田利家関連の資料をネットから引き出し、「前田利家と七尾」というテーマで前田利家ゆかりの旧跡を訪ねるこ..
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東京散歩Ⅱ その2 東叡山寛永寺にて子規庵から歩いて10分ほどで寛永寺通用門に到着した。 この門から現在の寛永寺に入った。 寛永寺は1625年に慈眼大師天海大僧正によって創建された。 徳川家康、秀忠、家光公..