記事「歴史」 の 検索結果 41157 件
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1033 小崎鼻・二見瀬鼻=諫早市多良見町佐瀬(長崎県)“たらみの「み」はミカンのミ”で多良見の岬もここまで「たらみ」という名は、ミカンより先にフルーツゼリーか何かで知っていたと前に書いたが、その会社の名がここ「多良見」からきているとは知らなかった。 この会社、この付近にもファームなどをもっていて、経営の..
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1032 黒崎鼻=諫早市多良見町舟津(長崎県)鹿島と竹島をともなって飛び出た岬もとにかくどこまでもミカン山黒崎鼻のあるところは、伊木力川が流れる湾の北側に飛び出ていて、つい250メートルも先に、鹿島と竹島という島を従えているのか、従っているのか、相互の力関係、上下間関係は不明ながら続いている。このうち鹿..
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1022 ノッカマップ岬=根室市牧の内(北海道)このアイヌゆかり地で小さな白黒灯台は35号線から遠く眺めながらほらね、この北西の端っこも牧の内なんですよ。根室半島の東側はほとんどが牧の内といってもいいくらい…。ノッカマップの目印は、なんといっても小さな灯台よりはるかに目立つこの二基の風車である。 ノッカマッ..
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番外:「発掘された日本列島2013」=江戸東京博物館(東京都)宮内庁もちょっとだけ動かして文化庁もがんばってるよでんでんむし的にはたいていのことがそうであるように、考古学的な情報や歴史についても立派なシロウトであってマニアでもなく、きわめて中途半端な興味と断片化した多少の知識があるだけで、なにひとつ自信をもっ..
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963 砂糠崎2=神津島村砂糠山(東京都)20,000年も続いた後期旧石器時代を生き繫いだご先祖さまたちは偉大だなぁ砂糠崎と祗苗島の間を回り込んで多幸湾に入った「かめりあ丸」は、天上山の下で湾内をくるりと向きを変えて桟橋に接岸する。ここが終点なので、乗っていた人はみんな下船し、今度は入れ違いに神津島を出発する乗客..
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914 掛ノ鼻=備前市日生町寒河(岡山県)品川白煉瓦工場と瀬戸の写真は撮り損ねこの鼻も岬らしくないただの直角カーブ…てなわけで、福浦峠をJR赤穂線の福河トンネルで越えて、いよいよ播磨国から備前の国に入ってきた。トンネルのほうは福浦の「福」と寒河の「河」を採っているのに、峠のほうが播磨側の福浦の名を採っているのは..
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911 松ノ鼻=赤穂市加里屋(兵庫県)なにゆえに赤穂市街埋立地南端のここだけに岬の名がついているのだろうか赤穂城は本家の広島城と同じく、扇状地(三角州)の上に築城された平城である。赤穂港の西の浜から眺めると、水平線と地平線の上に乗っかった景色がどこまでも平たいなかで、左手奥にぽっこりと膨らんだあたりが、..
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910 黒崎=赤穂市坂越(兵庫県)赤穂の黒崎はアースの本拠でもありもちろんあの忠臣蔵の赤穂だが今回は乗継ぎで通過しておそらく、相生や赤穂が意識にある人でも、坂越がどこにあるか意識している人は少ないだろう。ましてや、その湾の西の端にある黒崎という岬のことなど、まったく気にもとめないだろう。だが、アース製薬の人なら、..
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番外:『筑前国続風土記』と貝原益軒=西浦から九大学研都市駅(福岡市西区徳永)へまたバスで戻る道々バス停の名前には「の」が入る西浦から、また乗ってきた同じバスに乗る。来るときは今津橋から乗ったので、この路線の起(終)点が「九大学研都市駅前」であることに、初めて気がつく。この駅は、JR筑肥線の今津..
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905 西浦崎=福岡市西区西浦(福岡県)昔は北崎と呼んだ糸島半島の最北端は東西どちらの岸からも望めないので…西浦崎は、福岡市の西端で最後の岬となる。北崎と昔の名を今も学校や公民館に残す西浦の出っ張りの先端は、蒙古山と妙見山とそれぞれ150メートルほどの2つのピークをもち、周囲は50メートルくらいの断崖が取..
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904 唐泊崎=福岡市西区宮浦(福岡県)のこのうらなみたつここも今津と並ぶ唐船の主要寄港地だった昔は「北崎」と呼んだ糸島半島の最北端は、なんとなく犬釘の頭を連想してしまう。その犬釘の頭の片端が、唐泊崎である。 宮浦から港沿いに続く集落が奥まったところでまた密集しているところが唐泊で、その前の宮..
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903 津上崎=福岡市西区宮浦(福岡県)宮浦の港の目印になったであろう岬の南の小田地区がおもしろそうだ東側の約3分の1が福岡市、残り西側が糸島市になっている糸島半島は、おおよそ5つ(フラクタル図形のようは枝の数え方によっては7〜8つ)の出っ張りをもっている。そのうち北端にあって福岡市に属するいちばん..