記事「歴史」 の 検索結果 41158 件
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883 大崎=福岡市東区勝馬(福岡県)島の岬はふたつだけでその二番目が「休暇村志賀島」のエリアにある島最西端の岬金印塚を過ぎ、蒙古塚を過ぎ、弘の集落を過ぎると見えてくるのが大崎である。志賀島を周回する道路は、なべて高度差もなく海が見える海岸のそばを走っているのだが、唯一の例外がこの大崎のところで、ここだけ高さ..
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882 南ノ浦岬=福岡市東区志賀島(福岡県)想像していたのとはかなり違っていた「志賀島の金印」出土の地おそらく、「志賀島の金印」を知らないという日本人は、かなり少ないのではなかろうか。中学生になって、わくわくするような期待とともに開いた教科書の、始めのほうにそれは出てくる。 なんだかよくわからないけ..
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880 湯ノ崎=茅部郡森町鷲ノ木町(北海道)噴火湾岸の岬めぐりは榎本武揚と“いかめし”にて全巻の終わり噴火湾岸の西側には、岬がない。この湯ノ崎が、湾の南側ではいちばん端の岬になる。湾岸を北上して八雲を過ぎ、長万部を過ぎていくと、次の岬は湾の北側、虻田郡豊浦町字礼文華付近までいかないとない。だから、噴..
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876 黒羽尻崎=函館市岩戸町(北海道)中空土偶も縄文遺跡も間欠泉もすべての訪問予定候補地をすっ飛ばし…亀田半島の北側の海岸線は、噴火湾の名で通りがいい内浦湾の入口にあたるところで、対岸は室蘭付近になる。 椴法華の銚子岬から鹿部にかけて、一帯の岬を順にめぐってきたが、断崖と岩の露頭が目立っている。この..
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866 弁天岬=久遠郡せたな町北檜山区太櫓(北海道)岬の赤い弁天社に託す人々の願いはなんだろうか北檜山区新成の隣は、北檜山区太櫓(ふとろ)である。太櫓は、今では弁天岬の南の海岸で、道路脇に広がる小さな集落に過ぎない。だが、かつては太櫓郡という郡の名前になっていたくらいだから、昔から和人地のなか..
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854 琴平岬=爾志郡乙部町三ツ谷(北海道)崖と化石と温泉と湧水の乙部町の“追分ソーランライン”を北上中突符岬を過ぎると間もなく、三ツ谷地区の南端に、穴澗岬という小さな出っ張りがあるのだが、いくら探してもそれらしきところが写真に写っていない。 その南、元和からの道が、海岸からはちょっと離れたところを走..
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853 突符岬=爾志郡乙部町元和(北海道)蝦夷地の歴史を刻んだ一郡一町の乙部町は断崖が目立つ乙部町は、地層の露頭があちこちにある。岬ではないため、また地図上にも表記がないためまったく見逃していて、江差病院から乙部へ向かうバスで通るときも気がつかなかったが、江差町との境界付近の滝瀬にも断崖層..
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848 湯町鼻=松江市玉湯町湯町(島根県)なんとまあ銅剣・銅矛・銅鐸から三角縁神獣鏡にたたらときて今度は勾玉作とは…“景初三年”というのは魏の年号で、西暦では239年にあたる。その銘が入った銅鏡は文様面の丸い縁が三角形の山型に盛り上がっていて、神像と霊獣が鋳込まれているのでその名がある。その年号の入った三角縁神獣..
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847 鳥ヶ崎=松江市玉湯町林(島根県)宍道湖畔まできたがちょっと山陰自動車道を戻ってみると神庭荒神谷遺跡があり…鳥ヶ崎は、宍道湖の南岸でちょこっと飛び出しているところで、玉造の湯町鼻から西に2キロの場所にある。もう出雲市ではなく、松江市なのだが、山陰自動車道からは1.7キロも離れているので、どうやらこれがそう..
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846 赤石鼻=出雲市大社町日御碕(島根県)“国譲りの神話”の舞台というのがこの稲佐の浜だけどそれにしても…大社の土産物屋前の駐車場を後にしたバスは、辨天島という(未確認)小さなこぶがある稲佐の浜まで出て、海岸を南下する。漁港の向こうに見えるのが赤石鼻。出雲の阿国の墓から西、大社の町の海岸から、島根半島先..
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845 追石鼻=出雲市大社町日御碕(島根県)神も集う出雲の国にきて人はなにを願うのだろうか桂化木の波根町から東へ走ると間もなく大田市が終わり、出雲市の多伎町となる。石見国は大田市までで、ここから中海までが出雲国である。 海岸から離れていた山陰道9号線も、国境を越え、出雲に入ると同時に、田..
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839 大崎鼻=浜田市三隅町折居・長浜町(島根県)半島は近くて遠い石見の海岸でも土地に歴史あり人に氏あり上りのJR山陰本線は、萩から3つくらい駅を過ぎると、もう山口県は終わりで、島根県に入る。191号線と交差しながら走る山陰本線は、比較的海岸に近いところを通る。国道の本線であろう9号線は、山の中を走っ..