記事「独り言」 の 検索結果 143905 件
-
明日の午前中はネット投票で、JRA競馬を楽しもうと思っている新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が、日本で最初の感染者が確認された2020年1月から、私は毎週、通っていた中京競馬場にも行かなくなってしまった。 だが、取引銀行に行き、JRA競馬専用..
-
私はシルバー人材センターに入会してから、今年で15年目になる私はシルバー人材センターに入会してから、今年で15年目になる。 その間、シルバー人材センターからの紹介で、なにがしかの仕事をしてきたことで、毎日の起床時間を午前6時半と自分なりに決めていた。 ..
-
いくつになっても、カタカナ言葉に慣れることはなさそうである私は市の公園の管理事務所とバーベキュー場で働いている。 そのメンバーには管理事務所の業務を担当する4人の女性メンバーがいる。その中の女性メンバーの1人がカタカナ言葉に興味があるらしく、先だっても..
-
私はその年もまた楽しいひと時を過ごすことができた私はNHKの『ブラタモリ』の第4シリーズから、タモリさんのアシスタントとなった桑子真帆さんというアナウンサーの対応振りを見て、すぐにファンになってしまった。 ファンになったのにはもう1つ理由があ..
-
英訳は時間がかかるときもあるが、今の私にはそれが楽しい私は以前、高橋一清氏の『芥川賞・直木賞をとる! あなたも作家になれる』(河出文庫、2015年)という文庫本を読んだことがある。 この本の芥川賞・直木賞選考の内幕は興味深かったが、そのほかの内容で..
-
彼女は、JR貨物日本貨物鉄道(株)の入社試験に合格していた今朝、午前7時過ぎに寝床を出て、パジャマのまま、階下に行ってみると女房の姿が見えない。 そう言えば、女房は今日、午前8時から陶芸教室の用事があるとかで、出掛けると言っていたことを思い出した。 ..
-
私は今年の誕生日が来ると78歳となる私の父親は胃がんで還暦前の59歳で亡くなった。 小中学校時代、私の記憶の中の父親はいつも仕事場で中部日本新聞(のちの中日新聞)を読んでいた。各家庭にまだテレビがない時代であったので、おそらく近所..
-
私のサラリーマン時代の定年は満60歳であっ私のサラリーマン時代の定年は満60歳であった。 そして私が勤めていた会社では役職定年制度を導入しており、55歳になったタイミングで、私は部長代理の役職から外された。役職定年制度のことを「役定」と..
-
私は未だにあのときの発注担当者に感謝している私は大学4年生のとき、両親が安城厚生病院に同時に入院することになり、大学を中退して、ある自動車部品製造会社に勤めるようになった。 その会社では1年間、現場経験を積んでから営業担当を任されることに..
-
私の本音は健康寿命を保ちながら、長生きをしたいようである私は2009年の満62歳を迎えると同時に会社をRetireした。 会社をRetire後はハローワークの職業訓練で、3カ月間、名古屋にある外国語学校でビジネス英語を学んだ。 その後はシルバー人..
-
「女は顔じゃない。愛嬌だぞ」は、父親の口癖だった。私は市の公園のバーベキュー場で、アルバイトをしている。 コロナ禍で閉鎖になっていたバーベキュー場も3月23日から半分のサイトが利用できるようになった。 土日曜日と祝日は予約客で満席になるが、..
-
私たちの世代は、今風の遊具名や新語にはなかなか追いついていけない私が働いている市の公園には「メガドラゴン」と「ストーンドラゴン」という2つの遊具エリアがある。 そこには幾つもの遊具が設置されているが、私たちの時代にはなかった遊具ばかりなので、その名前がさっぱ..