記事「登山」 の 検索結果 43195 件
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鳴岩城 福知山市鳴岩城は下夜久野村史に月輪城として載せてあり、旦(だん)の地に居館を構え”旦ノ上”が其の山城か?。居館と”詰め城”セットで月輪山頂に月輪城が在ったという。旦(だん)・額田集落との境に位置する額田城は市..
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菅谷城・奥山城 福知山市夜久野町大油子地区内の小範囲に点在する小規模・単郭の山城を訪ねた最後に菅谷城から奥山城へ…福知山市遺跡地図に表示の城館遺構は全て廻った心算だが・地方誌に云う大油子城と其の居館があったと云うが其の位置・..
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段城 福知山市レポートが前後して先に訪城した鳴岩城は後になっていますが、此の地が旦(だん)で、月輪城と鳴岩城が有り、旦ノ上の居館が月輪城なのかも知れませんが、居館が在ったと思える広い平坦地形の位置には、八十八ヶ所霊..
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熊野城 福知山市大油子地区の諸城では主郭の尾根側背後に土塁を積み、堀切で遮断して防備する縄張りは変わらないが先に訪城した西山城・秋葉城には然程?顕著ではない、主郭を土塁で囲む熊野城と菅谷城を見ると同じ規模の山城ながら..
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秋葉城 福知山市福知山市夜久野町大油子を流れる牧川(由良川支流)・地区内から流れ出る枝流沿い東西1.5km程の間には市の遺跡地図に5つ程の城跡が記されている。いずれの城も築城時期や城主等の城史不明の小城だが遺構の残存..
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西山城 福知山市大油子玄武岩・奇怪な?石仏・清海寺の六地蔵石幢(せきどう)は、福知山市夜久野町”大油子地区内の城めぐり”に訪れた際、取付き点探しの途中で見た遺跡です。大油子へはR9(山陰道)高内から牧川とJR山陰線沿..
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東シ千原城 福知山市夜久野福知山市夜久野町千原には「丹波史」に奥州(岩手県)衣川より来住した愛古城主(千原城・愛宕城!?)衣川下総守が居城して寛文5年(1665)12月に卒したとある。当地の村誌には此れは城ではないとも記されて..
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扇山城 福知山市千原公民館から府道526号を東に渡り直進すると千原川に架かる門田橋を渡ったT字辻に着く。右手直ぐにDoCoMo夜久野千原無線中継施設の無線塔が建ち此処から山に入る踏み跡が続く。広い平坦地に方形礎石が残..
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高倉山城 作用郡作用町岡山県境の播磨・美作・備前三国の接点は鳥取・津山・赤穂を結ぶ要衝の地。因縁の播磨の赤松氏VS但馬の山名氏や、出雲の尼子氏VS中国の毛利氏が、更には織田信長の中国攻めの先陣として秀吉軍が赤松氏の拠る上月..
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仁位⇔高倉間の曲輪遺構 佐用郡岡山県に境する兵庫県西部の辺境の地。獲るに足らない小さな上月(こうづき)城の攻防に赤松氏・上月氏・尼子氏が滅亡。戦国期に城主も赤松氏や上月氏:嘉吉の乱の盛衰に山名氏に奪われ、赤松家再興されると上月氏、..
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仁位山城 播磨/佐用町織田信長は天正5年(1577)羽柴秀吉に中国攻め初戦として:上月(こうづき)城主:毛利方赤松政範の攻略を命じ・作用川を挟んで上月城と対峙する仁位山に上月城包囲の付城を築き、安藤信濃守を入れて布陣し・秀..
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上月城 佐用郡上月町上月城には二つの上月城が在り鎌倉時代:播磨を支配していた赤松一族の徳平則景の弟・頼景が上月氏を名乗って正治年間(1199-1201)に大平山に太平山上月城を築いたのが始まりと伝えられます。其の後:建武..