記事「登山」 の 検索結果 43195 件
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軽部城・上野城 養父市R9号線の道の駅:但馬楽座は天然温泉「やぶ温泉」とホテルを併せ持った総合観光センターは:名実共に阪神間からの観光拠点としての地位を保っているよう。大屋川が円山川に流れ出る上流約2kmにあってR9号線・..
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向山連山のヒカゲツツジ 丹波市日本一低い谷中分水界で瀬戸内海へ注ぐ加古川と、日本海へ流れ出る由良川の水が分かれる起点となる石生の水分れ公園を、起立した丘陵が囲い込む・本州を分ける中央分水界の地。 ヒカゲツツジの..
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弥十郎ヶ岳:鶴沢の植物 篠山市阪神間からは北摂最深部:大阪府からは県境を越えた篭坊温泉や、県道12号線後川の竹谷林道からダイレクトに登る弥十郎ヶ岳は、よく登られる山のようです。丹波側からは畑市のキャンプ場や、県道12号線の曽地から..
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石禾城・石禾上城・石禾下城 朝来市岡城・法道寺城・高田茶臼山城も石禾谷の城館。石禾は(いしかわ)と呼ぶのかも知れないが石禾は地図では石和と書かれており「いさわ」とします。但馬の朝来市和田山町と養父市養父町の境界尾根の三つの峰の其々に三..
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岡城・法道寺城 朝来市二つの城は主郭を高土塁で囲む但馬では類例の少ない縄張りの城:織豊系の城だとも云われている様だが?どうなんでしょうか。天正13年(1585)秀吉による国替えで赤松広秀が入った朝来郡竹田城:別所重棟の養父..
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向山城と滝野城 朝来市磯部氏館からJR山陰線が山裾を走る長谷山に向うが、正面(北側)から線路越えで山の斜面に取り付く山道の有無は土地勘なく集落もないので、磯部川を渡った後で大きく迂回する様なら、最初から尾根東端の峠に向う車..
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陳東氏館 朝来市築城時代や創築城主等は不詳:口碑に陳東氏の城とも云われる山城がある。京都からの山陰道・兵庫丹波からは但馬道・播磨方面からは生野峠を越え:観光では名城として:当時の領民にとっては苦役と悪夢の象徴の様な…..
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但馬の花に…Ⅱ但馬へは登山目的で妙見山・氷ノ山へは単独で 尖がり山等へ 山仲間のオフで出かけたが殆ど4月か5月初めのゴールデンウイーク期間 妙見山の帰りに進美寺山(進美寺城)や宿南城に寄ったのが 但馬の山城廻り..
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但馬の花に…Ⅰ 朝来市丹波市から久しぶりに遠阪峠を但馬側に越えてくると、但馬側(旧山東町)の粟鹿川沿いに桜の堤防が…丹波側の遠阪峠の其れより見事な咲きっぷり、花を愛でて訪れる人もいない為 淡いピンクの花は新鮮に映る。和田山..
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東芦田城 丹波市青垣町青垣町には全国足立氏の祖:足立遠政の山垣城があり遠阪峠を越え但馬朝来市に通じる。また穴裏峠を越えて京都府福知山市に抜ける要衝?にも一方の古参領主がおり:東芦田地区に領地を得て丹波地方でも最も古く鎌倉時..
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慈眼寺山裏山城 三木市羽柴秀吉軍の三木城を包囲する執拗な程の付城や包囲の多重土塁は、三木城への兵糧搬入や三木城からの攻撃・三木城へ参篭する援軍を阻止してきた事でしょう。激戦地となった平田・大村・加佐の合戦場はもとより、三木..
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野村城 加古川市城廻りの播磨オフは加古川駅集合なので:集合時間までに井ノ口城(温泉”みとろ荘”が其の城址)と宗佐の厄神さん(宗佐八幡神社)が其の野村城跡とも云われ城跡案内も神社西裏手の倉庫側に立っていた。しかしホント..