記事「荻原海一」 の 検索結果 7 件
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郵研時代の思い出を発掘終活を兼ねて身辺整理をしていたら、写真がポツンと1枚出てきました。学生が大勢写っていて、裏に「35年度春期郵研総会 35.5.7 山上食堂にて」とあります。「35年」とは1960年。むかし昔、大学郵研..
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民政直後ヤップ局臨時印近着の南洋群島ヤップ発信の絵はがきです。9月の関西のメールオークションで入手しました。田沢1.5銭を貼り、ヤップ局大正11(1922)年6月25日の日付印で引き受けられています。発信者は東京からヤップ..
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テニアンに「第Ⅲ軍」?左の画像は10月2日夜締め切りのヤフオクに出品されたテニアン局のニセ日付印です。台切手が南洋などで使われたはずがないコイル切手ということもあって?、7人もが応札して13,100円という高値で落札されま..
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荻原海一さんを追悼する大著『南洋群島の郵便史』で知られる昭和期郵便史研究者の荻原海一さんが亡くなり、先日、GANは新井紀元、沢株正始さんと共に逗子のご自宅を弔問してきました。昨春訪問した際は車いすからも離れ、まったく普通の..
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開戦突破した極東最終便日米開戦直前の1941(昭和16)年10月31日、アメリカ・サンフランシスコの邦人から静岡県に宛てた封書です。近年のヤフオクで入手しました。 表面に「比島憲兵隊検閲済」の紫色角印が押され、和文「..
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絶対国防圏の一角が崩壊金沢市から南洋群島サイパンに宛てた封書です。しかし、戦局の悪化で南洋に逓送されることのないまま、空しく差し出し人に返送されています。引受印は不鮮明ですが、裏面書き込みから石川県金沢局昭和19(1944..
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認印を押し「検閲済み」太平洋戦争の直前に施行された臨時郵便取締令による検閲が、南洋庁管内でも行われていたことを示すはがきです。料額印面(楠公銅像)下にさりげなく押されている「須貝」の認印が検閲印に相当します。 南洋庁..
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