記事「萩原朔太郎」 の 検索結果 90 件
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2293 様々な「桜」体験 朔太郎は花びらに涙桜の下に人あまたつどひ居ぬ なにをして遊ぶならむ。 われも桜の木の下に立ちてみたれども わが心は冷たくて 花びらの散りおつるにも涙こぼるるのみ。 いとほしや いま春の日のまひるどき あながちに..
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2220「空」に向け吠えてみよう 有明の月を見ながら詩人、萩原朔太郎(1886~1942)の代表的詩集は『月に吠える』(1917=大正6年2月刊行)だろう。早朝、西の空に白い残月、有明の月(夜が明けてもまだ空にある月のこと、季語は秋)がこちらに向かっ..
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2198 分かりやすい言葉で 朔太郎に教えられ「自分の言ふ言葉の意味が、他人に解らないというふことはどんなに悲しいことであるか。自分の思想が他人に理解されないといふことは死刑以上の苦しみではないか」。これは、詩人の萩原朔太郎(1886~1942)..
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2172 朔太郎作品もじり鋭く風刺 五輪元理事と大会スポンサーの疑惑友人が「風哲」というペンネームで川柳と「犬の遠吠え」という風刺の短文(言葉)をウエブサイト(ウォッチドッグ21)に書き続けている。最近の作で目に付いたのは、《『パリ五輪』 せめてはAOKIの背広着..
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2169 憂鬱と萩原朔太郎の詩 失望しながら前進の意志を日本近代詩の先駆者、萩原朔太郎(1886~1942)と美しい詩を追求した詩人・作家の室生犀星(1889~1962)は、親友だった。詩人で近代文学研究者・伊藤信吉(1906~2002)の『郷土絶景詩を..
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京都とウィーン今朝の新聞には、与謝蕪村のゆくえの分からなくなっていた句集がみつかったという記事が出ていました。それを見てアレッと思ったのは蕪村の1716年という生年でした。 なんとなく蕪村といえば、正岡子規や..
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愛知県美術館「月映」展5月31日(日)まで愛知県美術館で開催されていた 「月映」展のことを。 この展覧会、5月10日(日)と、最終日の5月31日(日)と、 2回も見に行ってしまいました。 (ま、愛知県美術館友の会会..
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ちょっと早めにバックレて、青春18きっぷ旅第1弾 ーアートやら電車やら その2ー前橋のまちのアート巡りを終えて、次は萩原朔太郎記念 前橋文学館へ。これも割と近いところにあります。中高生時代、なんだかむやみと萩原朔太郎を読んだ記憶があります。詩の良さがわかっていたわけではないと思..
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兜をかぶった朔太郎折り紙の兜をかぶった、萩原朔太郎像・・・。
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「萩原朔太郎展」~酒飲みだった朔太郎世田谷文学館で開催中の萩原朔太郎展を見てきました。以前、前橋の朔太郎生家跡を訪ねた折に、前橋文学館で朔太郎ゆかりの品々を見てはいましたが、今回はまたいろいろな発見があったので紹介したいと思います。 ..
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これは朔太郎の詩碑なのか?前橋局のふみの日の小型印(昭和58年7月23日)を何気なく眺めていると、何やら碑のようなものが描かれているのに気づきました。 拡大して見てみましょう。 これは、どうやら広瀬..
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広瀬川と朔太郎詩碑前橋局の風景印には、広瀬川とともに萩原朔太郎の詩碑がデザインされています。前橋市内にあるこの碑を、実際に訪ねてきました。 前橋駅の北口を出て国道50号線まで歩きます。にぎやかなアーケード..