記事「陣屋」 の 検索結果 180 件
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小布施陣屋(長野県小布施町)←陣屋跡 小布施陣屋は、江戸中期の1701~15年までの15年間、徳川幕府が天領(直轄領)に置いた陣屋(代官所)である。支配地は小布施町の8ヶ村、中野市の1ヶ村、高山村の5ヶ村、須坂市の8ヶ村、長..
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六川陣屋(長野県小布施町)←陣屋跡 六川陣屋は、越後椎谷藩堀家が置いた陣屋である。椎谷藩の藩祖堀直之は、堀秀政の従弟で家老でもあった堀(奥田)直政の3男で、飯山藩堀直寄の弟、須坂藩堀直重の兄に当たる。椎谷藩の石高は1万石で..
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新野陣屋(長野県中野市)←陣屋遺構の籾倉 新野陣屋は、尾張藩主徳川光友の子、松平摂津守義行が築いた陣屋である。義行は1681年に信濃国高井・水内・伊那3郡内に3万石を与えられ、高井藩を立藩し、新野陣屋を築いた。1700年..
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須坂藩陣屋(長野県須坂市)←陣屋の石垣跡 須坂藩陣屋は、須坂藩1万石の堀氏が14代、250年にわたって須坂地方13ヶ村を治めた陣屋(館)である。須坂藩の藩祖堀直重は、堀秀政の従弟で家老でもあった堀(奥田)直政の4男で、2代..
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太田道灌陣屋(埼玉県川島町)←陣屋跡の石碑、奥に水路 太田道灌は、扇谷上杉氏の家宰で、戦国初期の関東争乱の中で獅子奮迅の活躍をした名将である。殊に山内上杉氏の重臣長尾景春が大規模な反乱「長尾景春の乱」を起こした時には、関東各..
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玉川陣屋(埼玉県ときがわ町)←陣屋跡の現況 玉川陣屋は、『日本城郭大系』では代官屋敷と記載され、関東に入部した徳川氏が築いた陣屋である。元々この地には、天文年間(1532~55年)に松山城主上田朝直が築いた出城があり、森兵庫..
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奈良梨陣屋(埼玉県小川町)←東側の土塁と堀跡 奈良梨陣屋は、信濃の名族諏訪頼忠の陣屋である。1582年、甲斐武田氏・織田信長の相次ぐ滅亡後に生起した北条・徳川・上杉諸氏の抗争「天正壬午の乱」の中で、頼忠は諏訪氏旧臣達に擁立..
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岡部藩陣屋(埼玉県深谷市)←陣屋跡の現況 岡部藩陣屋は、安倍(あんべ)摂津守陣屋とも言い、徳川家康の家臣安倍弥一郎信勝が築いた陣屋である。信勝の父安倍大蔵元真の時、今川氏滅亡後に徳川氏に仕えて軍功を上げた。1590年に徳川..
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荻野山中藩陣屋(神奈川県厚木市)←陣屋跡の半島状台地 荻野山中藩は、小田原藩大久保家の分家である。初代藩主大久保教寛(のりひろ)は、小田原藩5代目藩主大久保忠朝の二男で、将軍徳川綱吉の中奥小姓を振出しに家宣・吉宗と3代の将軍に仕..
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明知陣屋(岐阜県恵那市)←陣屋前面の水堀・切岸 明知陣屋は、江戸時代に交代寄合の旗本であった明知遠山氏が築いた陣屋である。遠山利景は1600年の関ヶ原合戦で旧領の明知城を奪還し、1603年に恵那・土岐郡内で6531石を拝..
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山村代官屋敷(長野県木曽町)←東門跡の石垣 山村代官屋敷は、木曽谷の徳川直轄領の支配を任される木曽代官を世襲した山村氏の屋敷である。元々この地には、木曽福島城を築いていた木曽氏の居館があった。山村氏は、鎌倉幕府の大学頭大江匡..
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大森氏陣屋(埼玉県入間市)←大森氏・加藤氏の墓石群 大森氏陣屋は、大森錦治郎館とも呼ばれ、江戸前期の旗本大森好長の陣屋である。大森氏は、徳川家康の祖父清康の代から仕えた譜代家臣で、好長の時に大坂の陣で軍功を挙げ、この地を加..
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