記事「陣屋」 の 検索結果 180 件
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一橋陣屋(山梨県甲斐市)←陣屋跡の水田 (2020年8月訪城) 一橋陣屋は、8代将軍徳川吉宗が創設した御三卿の一、一橋家が置いた陣屋である。1746年、吉宗は4男一橋刑部卿宗尹に封地10万石を与え、そのうち30,044..
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十組屋敷(山梨県甲州市)←屋敷の現況 (2020年7月訪城) 十組屋敷は、江戸初期の伊丹氏の屋敷である。元は武田氏の時代から陣屋・蔵所が置かれていたとも言われる。甲府城主徳川忠長改易後の1633年、勘定奉行の伊丹播磨守..
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清水陣屋(山梨県山梨市)←堀跡の窪地 (2020年7月訪城) 清水陣屋は、8代将軍徳川吉宗が創設した御三卿の一、清水家の甲斐領支配の陣屋である。9代将軍徳川家重の第2子清水重好は、1762年、甲斐・武蔵・下総・大和・和..
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市川陣屋(山梨県市川三郷町)←陣屋の正門 (2020年7月訪城) 市川陣屋は、江戸後期の1765年に巨摩・八代郡を支配するために設置された陣屋である。当初は駿府紺屋町陣屋の出張陣屋として築かれ、代官小田切新三郎による3万石..
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桐生陣屋(群馬県桐生市)←陣屋跡地付近の現況 桐生陣屋は、江戸初期に徳川幕府が設置した陣屋である。大久保石見守長安とその手代・大野八右衛門によって御陣屋敷が造られた。1779年に出羽松山藩主酒井石見守忠休に桐生5000石..
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下田島城(群馬県太田市)←南西部の櫓台跡 下田島城は、現地解説板には岩松城と記載され、江戸時代前期の1663年に岩松秀純が構えた陣屋である。はっきりしないが、元々戦国時代に下田島城が前身として存在していたらしい。秀純の祖..
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福原陣屋(栃木県大田原市)←玄性寺の那須氏墓所 福原陣屋は、江戸時代初期に再興那須家の初代那須資景が築いたとされる陣屋である。幕末まで陣屋は存続していたとされる。 福原陣屋は、正確な所在地がよくわからない陣屋である..
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高林代官陣屋(群馬県太田市)←陣屋遺構の門と長屋門 高林代官陣屋は、徳川家の旗本本多氏8000石の代官陣屋である。本多氏は三河国西端を本領としており、この地には来住せず、代官に在地の富沢氏を任じて所領支配を行った。 高林..
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羽生陣屋(埼玉県羽生市)←陣屋跡とされる高山稲荷 羽生陣屋は、江戸時代最末期に築造された陣屋である。1867年7月、徳川幕府は羽生領18ヶ村を天領(幕府の直轄領)とし、岩鼻代官木村飛騨守勝教の支配下とした。そして岩鼻代官..
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岩鼻陣屋(群馬県高崎市)←北辺の土塁と空堀 岩鼻陣屋は、江戸後期に徳川幕府が築いた陣屋である。戦国期の永禄年間(1558~70年)には岩鼻砦があった所と言う。1793年、幕府はこの地に岩鼻陣屋を造営し、初代代官として吉川..
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伊勢崎陣屋(群馬県伊勢崎市)←西から見た城跡の現況 伊勢崎陣屋は、1681年に酒井忠寛によって築かれた陣屋である。その前身は、戦国時代に那波氏の家臣赤石左衛門尉が築いた赤石城とされる。赤石城は2つあり、前橋市飯土井町にも赤石..
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久永氏陣屋(群馬県伊勢崎市)←西池際の陣屋跡の切岸 久永氏陣屋は、徳川家の旗本久永氏が所領支配のために築いた陣屋である。久永氏は元々石見国の武士であったが、戦国時代に三河国に移って松平氏(後の徳川氏)に仕えた。久永源兵衛重勝..