記事「万葉集」 の 検索結果 7722 件
-
6-1027橘の 本(もと)に道踏む 八衢(やちまた)に 物をぞ思ふ 人に知らえず橘の 本(もと)に道踏む 八衢(やちまた)に 物をぞ思ふ 人に知らえず 橘 本尓道履 八衢尓 物乎曽念 人尓不所知
-
6-1026ももしきの 大宮人(おほみやひと)は 今日もかも 暇(いとま)をなみと 里に出でずあらむももしきの 大宮人(おほみやひと)は 今日もかも 暇(いとま)をなみと 里に出でずあらむ 百礒城乃 大宮人者 今日毛鴨 暇无跡 里尓不出将有 私見 豊島采女って何者?
-
6-1025奥まへて 我れを思へる 我が背子は 千年五百年(ちとせいほとせ) ありこせぬかも奥まへて 我れを思へる 我が背子は 千年五百年(ちとせいほとせ) ありこせぬかも 奥真經而 吾乎念流 吾背子者 千年五百歳 有巨勢奴香聞 私見 ロシアで隕石落下
-
6-1024長門なる 沖つ借島(かりしま) 奥まへて 我(あ)が思(も)ふ君は 千年(ちとせ)にもが長門なる 沖つ借島(かりしま) 奥まへて 我(あ)が思(も)ふ君は 千年(ちとせ)にもがも 長門有 奥津借嶋 奥真經而 吾念君者 千歳尓母我毛 私見 こそばい対馬?
-
6-1023大崎の 神の小浜は 狭(せば)けども 百舟人(ももふなびと)も 過(す)ぐと言はなくに大崎の 神の小浜は 狭(せば)けども 百舟人(ももふなびと)も 過(す)ぐと言はなくに 大埼乃 神之小濱者 雖小 百船純毛 過迹云莫國
-
6-1022父君に 我れは愛子(まなご)ぞ 母刀自に 我れは愛子ぞ父君に 我れは愛子(まなご)ぞ 母刀自に 我れは愛子ぞ 参(ま)ゐ上(のぼ)る 八十氏人(やそうぢひと)の 手向けする 畏(かしこ)の坂に 幣奉(ぬさまつ)り 我れはぞ追へる 遠き土佐道(とさぢ)を ..
-
6-1021かけまくも ゆゆし畏(かしこ)し 住吉(すみのへ)のかけまくも ゆゆし畏(かしこ)し 住吉(すみのへ)の 現人神(あらひとがみ) 船舳(ふなのへ)に うしはきたまひ 着きたまはむ 島の崎々 寄りたまはむ 磯の崎々 荒き波 風にあはせず 障(つつ)みなく..
-
6-1020大君の 命畏み さし並ぶ 国に出でます はしきやし 我が背の君を大君の 命畏み さし並ぶ 国に出でます はしきやし 我が背の君を 王 命恐見 刺並 國尓出座 愛耶 吾背乃公矣 私見 1020と1021はくっついているのか。微妙にすっくりしない。
-
6-1019石上 布留(ふる)の命(みこと)は 手弱女(たわやめ)の石上 布留(ふる)の命(みこと)は 手弱女(たわやめ)の 惑ひによりて 馬じもの 縄取り付け 獣(しし)じもの 弓矢囲(かく)みて 大君の 命畏み 天離(あまざか)る 鄙辺(ひなへ)に罷(まか)る 古..
-
1-1018白玉は 人に知らえず 知らずともよし 知らずとも 我れし知れらば 知らずともよし白玉は 人に知らえず 知らずともよし 知らずとも 我れし知れらば 知らずともよし 白珠者 人尓不所知 不知友縦 雖不知 吾之知有者 不知友任意 私見:元興寺にこの歌の石碑があった。今はがんよけ..
-
6-1017木綿畳(ゆふたたみ) 手向けの山を 今日越えて いづれの野辺に 廬(いほ)りせむ我れ木綿畳(ゆふたたみ) 手向けの山を 今日越えて いづれの野辺に 廬(いほ)りせむ我れ 木綿疊 手向乃山乎 今日越而 何野邊尓 廬将為吾等 私見 終電に乗り遅れた不安さのような。写真は鹿児島名物..
-
6-1016海原の 遠き渡りを 風流士(みやびを)の 遊ぶを見むと なづさひぞ来し海原の 遠き渡りを 風流士(みやびを)の 遊ぶを見むと なづさひぞ来し 海原之 遠渡乎 遊士之 遊乎将見登 莫津左比曽来之 私見 風流だなあ