記事「万葉集」 の 検索結果 7725 件
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『万葉集』を訓(よ)む(その千八百八十六)今回は、一五二二番歌を訓む。「山上臣憶良七夕歌十二首」の五首目で、前歌(一五二一番歌)に続いて前の長歌(一五二〇番歌)の反歌である。本歌の左注に「右天平元年七月七日夜憶良仰觀天河 [一云帥家作]」と..
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『万葉集』を訓(よ)む(その千八百八十四)今回は、「山上臣憶良七夕歌十二首」の三首目の長歌一五二〇番歌の二七句からを訓む。 二七句・二八句「久方之・天河原尓」は「久方(ひさかた)の・天(あま)の河原(かはら)に」と訓む。二七句は、一五一..
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実存は本質に先立つ買い物を終えて、すぐ傍のコーヒーショップでゆっくり涼もうとしたら満席。 他の数軒も同様。 仕方なくアイスコーヒーをテイクアウトして、これまた近くの公園へ。 するとベンチに女性が倒れて..
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月の舟で星の林に漕ぎ出そう月齢2.9の舟が西の空に漂い、ほら、乗り込んで宇宙旅行でもどうだい? と誘っている。 揺りかごのような曲線が、まるでゴンドラのようにも見えて、じゃ乗せて貰おうかなと、その気になる。 ..
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国宝になれない飛鳥大仏日本書紀には「始作法興寺此地名飛鳥真神亦名飛鳥苫田」とあり、この場所が飛鳥大仏が鎮座する法興寺(飛鳥寺安居院)である。 大口の真神原にふる雪はいたくなふりそ家もあらなくに と万葉集..
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望郷の歌春日大社に詣でることに違和感はないが、社殿に首を垂れる時、ちらと権力の盛衰に想いを馳せることがある。 創建当時、藤原氏の隆盛はすでに絶大な権力を持ち、大河のようなその流れは、こうして現在..
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富士山の噴火御殿場へ出て東名の下り線に乗ると、右手に快晴の富士山が望めた。 見慣れている山梨側からの姿とは違い、その姿は宝永火口によって、アクセントとも吹き出物ともオマケとも見える山容が独特である。 ..
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剣太刀いよよ研ぐべし古へゆ清けく負ひて来にしその名ぞ以前は子供の日には多くの鯉のぼりを見た。 それが気づけばほとんど見かけなくなり、「子供の日」らしさが失われつつあるような気がする。 地方へ行けばそれなりに風を孕んで泳いでいるのだろうが、高層マ..
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わが園に梅の花散るひさかたの天より雪の流れ来るかも白梅が香る散歩道で足元を見ると、すでに散り始めた花もあり、枝にはつぼみもあり、まだ冬の中にあって、春も少しずつ整い始めているのだなと、季節の循環に思いが至る。 桜は大量に花びらを散らして..
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赤あげて白あげて、みたいな和歌に人生が見える世を捨つる人はまことに捨つるかは捨てぬ人こそ捨つるなりけり 西行が出家前後に詠んだ歌とされていて、以前にも触れた(参照)歌とほぼ同時期に作られたようだ。 惜しむとて惜しまれぬべきこの世..
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夕月夜心も萎に白露の置くこの庭に蟋蟀鳴くも気づけば、秋の虫たちがすだく音色が聞えている。 雲の切れ間から、月齢十六夜の月が時折顔を覗かせた。 不安定な空模様が続き、体調管理の難しい局面だが、それでもやっと猛暑を切り抜けた安堵感..
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蓮葉はかくこそあるもの意吉麿が家にあるものは芋の葉にあらしサトイモの葉が勢いよく育っている。 寅さんの大好物の芋の煮っころがしはサトイモのことだろう。 私も大好物だが、収穫までもう少しかかる。 しかし芋の大きさに比べ、この葉のサイズはどうかと思..