記事「万葉集」 の 検索結果 7737 件
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『万葉集』を訓(よ)む(その二千十六)今回は、一六四九番歌を訓む。題詞に「大伴宿祢家持雪梅歌一首」とあり、本歌は「大伴宿祢家持(おほとものすくねやかもち)の雪梅(せつばい)の歌(うた)」である。 写本に異同はなく、原文は次の通り。 ..
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『万葉集』を訓(よ)む(その二千十五)今回は、一六四八番歌を訓む。題詞に「紀少鹿女郎梅歌一首」とあり、本歌は「紀少鹿女郎(きのをしかのいらつめ)の梅(うめ)の歌(うた)」である。作者について、阿蘇『萬葉集全歌講義』は次のように述べている..
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柿本人麻呂の謎 14 「死」に臨み(承前) この項とは直接関係のない事柄になりますが、柿本人麻呂と並んで万葉歌人として有名な山上億良(やまのうえ・おくら)は大宝元年(701)当時、無位、つまり唯の人に過ぎませんでしたが「続日本紀」..
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『万葉集』を訓(よ)む(その二千十四)今回は、一六四七番歌を訓む。題詞に「忌部首黒麻呂雪歌一首」とあり、本歌は「忌部首(いむべのおびと)黒麻呂(くろまろ)の雪(ゆき)の歌(うた)」である。作者について、阿蘇『萬葉集全歌講義』は次のように..
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『万葉集』を訓(よ)む(その二千十三)今回は、一六四六番歌を訓む。題詞に「小治田朝臣東麻呂雪歌一首」とあり、本歌は「小治田朝臣(をはりだのあそみ)東麻呂(あづままろ)の雪(ゆき)の歌(うた)」である。作者について、阿蘇『萬葉集全歌講義』..
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後の名月は十三夜、つーことはもう終わっちまってて十五日の満月はなんでもない日なんですが、さてはてつーことでございまして、本日は満月でして、米農事暦だとこれをハンターズムーンっていうそうですね。茶々さま、撃ってえ~! ダーン!茶々さま -.mp4さてはて何なんでしょう、今のは。 ま、云った..
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『万葉集』を訓(よ)む(その二千十二)今回は、一六四五番歌を訓む。題詞に「巨勢朝臣宿奈麻呂雪歌一首」とあり、本歌は「巨勢朝臣(こせのあそみ)宿奈麻呂(すくなまろ)の雪(ゆき)の歌(うた)」である。作者について、阿蘇『萬葉集全歌講義』は次..
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『万葉集』を訓(よ)む(その二千十一)今回は、一六四四番歌を訓む。題詞に「三野連石守梅歌一首」とあり、本歌は「三野連石守(みののむらじいそもり)の梅(うめ)の歌(うた)」である。作者について、井手『萬葉集全注』は「○三野連石守 伝未詳。..
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柿本人麻呂の謎 6 正三位は追贈か(承前) つまり問題は「古今和歌集」で紀貫之が仮名序で述べた「正三位」という一言に尽きることになります。繰り返しになりますが、そのような高い「位」を授与された人物については「必ず」正史が記録してい..
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柿本人麻呂の謎 5 人麻呂への弔意(承前) そのような状況の中にあって『柿本朝臣人麻呂が心に擬して、報ふる歌』を寄せた人物が、一人だけいたのです。ただ万葉集は、その人の姓名を「丹比真人」(名欠けたり)とのみ記し、名前を記録していま..
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柿本人麻呂の謎 4 鴨山五首とは(承前) それでは何故「石見風土記」云々などという怪しげな文書が後世出回ったのか?その答えに繋がると思われる事柄が「万葉集」に収められた幾つかの作品に、垣間見ることが出来ます。 鴨山の 岩根..
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『万葉集』を訓(よ)む(その二千十)今回は、一六四三番歌を訓む。題詞に「若櫻部朝臣君足雪歌一首」とあり、本歌は「若櫻部朝臣(わかさくらべのあそみ)君足(きみたり)の雪(ゆき)の歌(うた)」である。作者について、阿蘇『萬葉集全歌講義』は..