記事「万葉集」 の 検索結果 7736 件
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『万葉集』を訓(よ)む(その743)今回は、501番歌を訓む。題詞に「柿本朝臣人麻呂歌三首」とあって、本歌~503番歌までの三首は「柿本朝臣人麻呂」の作である。三首全体については、三首を訓み終えたところで触れるとして、まずは一首ずつ訓..
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『万葉集』を訓(よ)む(その742)今回は、500番歌を訓む。題詞に「碁檀越徃伊勢國時留妻作歌一首」とある。訓み下すと「碁檀越(ごのだんをち)、伊勢國(いせのくに)に徃(ゆ)く時に、留(とど)まれる妻の作る歌一首」となる。「碁檀越(ご..
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『万葉集』を訓(よ)む ー閑話休題(その28)ー今回は、閑話休題として、前回までに訓み終えた「柿本朝臣人麻呂歌四首」の構成などについて、諸説を紹介しながら考えてみる。まず、四首を並べて見ておこう。 四九六 み熊野(くまの)の 浦(うら)の..
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『万葉集』を訓(よ)む(その741)今回は、499番歌を訓む。「柿本朝臣人麻呂歌四首」の四首目である。 写本の異同は、末句末字<武>にある。この<武>を『西本願寺本』その他流布本に「哉」とするが、『桂本』『..
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『万葉集』を訓(よ)む(その740)今回は、498番歌を訓む。「柿本朝臣人麻呂歌四首」の三首目である。 写本に異同はなく、原文は次の通り。 今耳之 行事庭不有 古 人曽益而 哭左倍鳴四 1句「今耳之」は「今(いま..
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『万葉集』を訓(よ)む(その739)今回は、497番歌を訓む。「柿本朝臣人麻呂歌四首」の二首目である。 写本に異同はなく、原文は次の通り。 古尓 有兼人毛 如吾歟 妹尓戀乍 宿不勝家牟 1句「古尓」は「古(いにし..
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『万葉集』を訓(よ)む(その738)今回は、496番歌を訓む.。題詞に「柿本朝臣人麻呂歌四首」とあって、本歌~499番歌までの四首は「柿本朝臣人麻呂」の作であるとする。この題詞に関して、木下『萬葉集全注』は「巻第一、第二にあった柿本人..
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『万葉集』を訓(よ)む ー閑話休題(その27)ー今回は、閑話休題として、「田部忌寸櫟子任大宰時歌四首」の最後の歌(495番歌)の作者を巡って対立する二説について考察する。前回、作者を田部忌寸櫟子であるとして訓んだが、それで間違いないかどうか、作者..
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『万葉集』を訓(よ)む(その737)今回は、495番歌を訓む。「田部忌寸櫟子任大宰時歌四首」の四首目である。本歌も前歌同様に作者名が記されていないが、前歌の作者が明らかに田部忌寸櫟子であったのに対して、本歌の作者は、舎人吉年とする説と..
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『万葉集』を訓(よ)む(その736)今回は、494番歌を訓む。「田部忌寸櫟子任大宰時歌四首」の三首目で、この歌には作者名が記されていないが、前の歌と同じく作者は田部忌寸(たべのいみき)櫟子(いちひ)である。写本に異同はなく、原文は次の..
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『万葉集』を訓(よ)む(その735)今回は、493番歌を訓む。「田部忌寸櫟子任大宰時歌四首」の二首目で、作者は田部忌寸(たべのいみき)櫟子(いちひ)である。『西本願寺本』には記されていないが、『元暦校本』『細井本』に歌の後に小文字で[..
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『万葉集』を訓(よ)む(その734)今回は、492番歌を訓む。題詞に「田部忌寸櫟子任大宰時歌四首」とある。「田部忌寸櫟子」なる人物が太宰府の役人に任ぜられた時の歌四首(本歌~495番歌)ということであるが、本歌には歌の後に小文字で[舎..